認知症の人は「不可解な言動」をすることがあります。悪気はないのですが、現場の介護職がこうした言動で困ってしまうのは事実。そんな問題を言葉ひとつで解決する方法を、長年、介護業界で働いてきたベテランが教えます。
記事中の漫画・イラスト 秋田綾子
解雇されたわけでもないのに「クビにされた」と訴えるのは、なぜ?
年をとれば誰でも忘れっぽくなるもの。これまでできていたことが、できなくなっていきます。探し物が見つからない、頼まれたことを忘れてしまう……、そんな経験、きっと誰にでもあるはずです。自分の衰えを感じて不安になることでしょう。
認知症の人も同じような思いを味わっています。認知症の人は、「記憶障害」といって、
- 新しいことを覚えにくい
- 覚えていたことの全部を忘れてしまう
という状態にあるため、より不安になっています。不安をうまく言葉にして伝える力も落ちていることが多いのです。だから、こんなことが起きます。
ある老夫婦がいました。夫は元サラリーマン、妻(68歳)は乾物屋でパートをしていました。やがて妻が釣り銭を間違えたり、シフトを忘れたりするようになります。認知症が始まったのです。
しばらくすると彼女は、店を辞めさせられたわけでもないのに、「クビにされた」と、こぼすようになりました。
ところが、夫が乾物屋の主人に確認すると、「できるだけ長く働いてほしい」と思っているとのこと。
文字どおりに解釈すると、この「クビ」という言葉は確かに意味が通りません。でも、もう少し考えてみましょう。「クビ」というと、誰でも「ある場所から放りだされた」とか、「所属先がなくなった」という場面を思い浮かべるのではないでしょうか。もしかしたらこの女性は、「クビ」という表現で、
「自分は昔のようにはできなくなってきているけど、ここにいられるのだろうか」
「放り出されるのではないか」
「厄介者になってはいないだろうか」
という、不安な気持ちを訴えていたのかもしれません。

こんなふうに私たちは、認知症の人と接するときにはその言葉を「翻訳」して捉えるよう、少し考えてみる必要があります。そのうえで、ぜひその根本にある「不安」を取り除くような接し方をしましょう。つまり、
「何もできない」「自分は役に立たない」という不安感を取り除いてあげる
こうすれば認知症の人は落ち着き、介護している人も安心できるのです。