「天皇陛下に呼ばれてる!」そんな妄想をピタッと解決した一言

認知症介護、その人に合わせた声かけで
右馬埜 節子 プロフィール

「つもり」につきあう言葉かけを!

生きざまが出ること自体は、別に悪いことでもなんでもありません。問題は、認知症の人が“今はいつか、ここはどこか”といった事実を「忘れてしまっている」という点にあります。

たとえば認知症の男性が、つい5分前にご飯を食べ終わったのにそれをすっかり忘れて、食べていない“つもり”で「メシはまだか」と言ったとしましょう。それを聞いた妻は、イラッとするに違いありません。

「足し算の世界」にいる私たちと、「引き算の世界」にいる認知症の人では、見える現実に差ができているのです。だからこうしてぶつかってしまうのです。

もちろんこれは、「忘れる」という認知症の症状によって引き起こされていること。ですが、男性本人にとっては“ご飯を食べていない”ことが事実なのです。食べた記憶が失われ、脳が「食べていない」と判断しているからです。

だからもし、イラッとした妻が「さっき食べたばかりじゃない!」と、「足し算」で反応すると、この男性は、

「えっ、何か変だぞ」

と不安になったり、

「飢え死にさせる気か!」

と怒ったり、取り乱したりするかもしれません。

  「食べたばかりじゃない!」と足し算で反応すると、怒ったり、取り乱したりするかも photo by gettyimages

こうやって周囲とかみ合わなかったり、衝突したりすることが、認知症の人の「不安材料」となります。この不安材料を上手に「安心材料」に変えていくこと。それが本人の困りごとを解決し、同時に家族の悩みを解消する最もいい方法なのです。

では、どうやったら不安を安心に変えられるのでしょう? この場合は、認知症の人の「まだ食事をしていない」という現実をいったん受け入れて、

「いま作ってるから、ちょっと待って」

と答えればいいのです。言うまでもありませんが、本当にご飯を作る必要はありません。その意味では「作ってる」というのはウソになるわけですが、これで認知症の人は「そうか。待っていよう」と納得し、安心して落ち着いてくれるのです。まさに「ウソも方便」で、このような対応を私は「引き算する」と呼んでいます。

つまり「引き算する」とは、“認知症の人の見ている世界”に合わせた声かけをすることであり、“どうぞおやりなさい”と、言葉のうえで言動を肯定する、ということなのです。

妄想で怒り出す認知症の人を落ち着かせた一言

認知症の人は、私たちには理解できないような「勘違い」をしたり、もとからないものにこだわって「なくなった!」と騒いでしまうことがあります。そんなときに「引き算する」と、うまく問題を解決できることがあります。

たとえば、施設に入居しているシュンイチさん(90歳)の話です。ある日のこと、

「勲章をいただけることになった。天皇陛下に会いにいくのでタキシードを出せ!」

と言いはじめました。本人は真剣ですが、もちろん現実には呼ばれてなどいません。これは、認知症によって引き起こされた「つもり病」。医学的には「妄想」などと呼ばれる症状です。施設職員にはそれがよくわかっています。ですが「呼ばれてなどいませんよ」と事実を告げても、シュンイチさんは、

「呼ばれてる!」

の一点張り。最初は冷静だった職員もムキになり、ついには受章者一覧の載った新聞を突きつけます。そして「シュンイチさんの名前、ここにないでしょ!」と指摘すると、本人を納得させるどころか激怒させてしまいました。

それをみていた別の職員がとっさに引き算。

「ごめんなさい。タキシードはクリーニングに出しちゃったんです。余計なことしちゃった。でも、当日までには間に合いますから」

と頭を下げました。すると「ああ、間に合うのか。それならよかった」とシュンイチさん。ホッとした顔になり、その場が収まりました。ちなみにこの「クリーニング」という言葉は、「服がなくなった!」と慌てている認知症の人に落ち着いてもらえるキーワードなので、覚えておくといいかもしれません。

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  「服がなくなった!」と慌てる場合には、「クリーニング」という言葉がキーワード!? photo by gettyimages

ある家庭では、こんなトラブルがありました。

キヌコさん(86歳)。医師の奥さんです。父親も弟も医師だったせいか、自分が医師だったわけでもないのに気位が高い人です。脳卒中で左半身に軽い麻痺が残っています。お嫁さんの負担を考えて、日中はホームヘルパーを利用していますが、あるとき、

「あの指輪がないのよ。ヘルパーが盗った!」

と大騒ぎ。お嫁さんに確認してみると、「そんな指輪は見たこともありません。何かの間違いでは」と困惑しきり。しかし、キヌコさんは盗まれた「つもり」になっていて怒り心頭です。仕方なくヘルパーを代えることにしたのですが、また同じことが起こるのは目に見えていました。そこで私は、こう引き算することにしたのです。

「警察に盗難届を出しましょう」

と、キヌコさん本人に提案。パソコンでいかにも盗難届に見える書類を作成して、署名、捺印は本人にしてもらいます。そして「この盗難届、近くの交番に届けておきますね」と伝えました。もちろん、勝手に作った書類を本当に届けたりはしませんが、そこまでするとキヌコさんもさすがに納得したのか、以後「盗られた」と訴えることはなくなりました。

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