嘘に嘘を塗り重ねる

思い返すと、小さい頃はままごとをして遊んだり、小学生の時、仲のよかった男の子にラブレターを渡したりしたこともあったという。

「『大好き』って書いた手紙を家のポストに入れたら、お兄さんに見られてしまったんです。そしたら、次に遊びに行った時に『あ! ホモだ!』っていわれて。友達は『そんなんじゃないよ!』ってかばってくれたんですけどね」

音楽番組「ミュージックステーション」に出演したのは2001年、18歳の時。生放送終了後、ネットを見ると誹謗中傷であふれていたという。

「掲示板を見ると、『あの目つきや態度はホモだ』などと書かれていて、すごく傷つきました。テレビに出ると、自分が一番触れてほしくない部分に触れられてしまうんだなという恐怖心が芽生えました」

この体験を機に、インタビューでも自分のアイデンティティをひた隠しにしてきた。ファンも傷つけたくないし、自分も傷つきたくない。自分の気持ちに嘘をつき続けるしかなかった。

「『好きな女性のタイプは?』『クリスマスの思い出は?』などと聞かれて、嘘の答えやエピソードを話すたび、次第に罪悪感に苛まれるようになっていきました。公共の電波やメディアで語っているので、嘘に嘘を塗り重ねることの積み重ねにも疲れてしまって……。本当の自分って何なんだろうと、音楽で何を伝えたいんだろうと、わからなくなってしまったんです」

自らをどんどん追い詰めていった結果、2010年、張り詰めていた糸がプツリと切れたかのように、生活をリセットしアメリカに行く決意をする。

自身のルーツだったゴスペルをとことんやりたい、という思いもあり、アメリカで音楽活動を開始。ニューヨークのハーレムで毎週ゴスペルを歌ううちに、アメリカ最大のゴスペルフェスティバル「McDonald’s Gospelfest 2010」で40000人のオーディションを勝ち抜き、日本人初の優勝を飾る。

「アメリカでは、ゲイの友人も出来て、コミュニティも作れました。彼らといる時は素直な自分でいられるのに、公に出ると違う。そういう自分にも悩むようになりました。『何でこんな二重生活をしなければならないんだろう』って」

NYでの路上ライブ。ゲイの友人もでき、「ありのままでいる」ことの大切さを身をもって感じた 写真提供/清貴

当時の大統領、バラク・オバマの演説もとても印象的だったという。

「『黒人も白人も、ヒスパニックもアジア人もアメリカ先住民も、ゲイもストレートも、障害者も障害のない人たちも、アメリカ人みんなが幸せな世界を』という演説は心を奪われました。同性婚についての運動も盛んで、ありのままでいられるアメリカはなんて自由なんだろうと思いました。同時にアメリカでは宗教的な圧力で、同性愛者であることを罪だといわれることもあるんです。教会に通ってゴスペルを歌っていた時に、『同性愛者は娼婦と同じだ』といわれたことも。でも、こういう環境だからこそ闘わないといけないんだなとも感じました」