「今すぐ300億を…」ある証券マンが、謎の投資家から受けた挑戦

東京マネー戦記【12】2006年初夏
森 将人 プロフィール

「数字を作ることにしか興味のない連中が多いのが、俺の会社にいるとよくわかるよ。いいときは誉めまくるくせに、悪くなった途端に冷たくしてさ。長い目でマーケットを作ろうなんていう発想がないんだ。しかもそういう奴らに限って、上の顔色をうかがってやがる。成績が悪くなったって、あいつらに謝る気にはならないね」

「鳥飼さんが稼げないマーケットだったら、誰も稼げませんよ」

「何いってんだよ」

本心をいったつもりだったが、鳥飼の表情に喜ぶ様子はなかった。

時間がたつにつれて、鳥飼の口数は徐々に少なくなっていった。今一番関心のある話題を避けていることが、居心地悪くさせていたのかもしれない。

「不動産会社はどうなるんでしょうね」

鳥飼の顔を見ていると、自分のいいたいことを思わず口にしてしまうのが不思議だった。

今後不動産市況がどう推移し、それに合わせて不動産会社のビジネスはどう変わるのか。マーケットの評価は悪くなかった。いくつかの不動産会社が発行した社債は、上昇して推移している。しかしそんな値動きも、鳥飼には不満のようだった。

「ほかの投資家からの買いは、まだ入らないだろ?」

「鳥飼さんが早すぎるんですよ。みんなまだ判断できないんです」

「それだけならいいんだが、何だか気持ち悪いんだよ。俺が見落としてる点があるんじゃないかと思ってさ」

鳥飼も、マーケットの変化を肌で感じはじめていた。

 

ぼくの存在意義は何なんだ

きっかけは、ほんの些細な異変だった。ある不動産会社が社債を発行した日のことだった。よくあるディールの一つだった。しかし予定された発行額に満たない90億円という金額を見たときのマーケットの反応は、今までにないものだった。

10億円単位の発行額は、社債市場において決して前例がないわけではない。投資家需要に合わせて発行するのであれば適切な金額設定といえるし、年間に何度か資金調達をする会社にとって、90億円の発行額は決して小さすぎるわけでもない。

しかしマーケットはそう見なかった。なぜ予定された100億円ではなく、90億円という半端な金額なのか。投資家需要が集まらなかったという推測に加えて、会社が資金繰りに困っているという噂が広がっていた。

鳥飼は90億円の発行額のうち、50億円を購入しているという噂だった。自分以外は40億円しか集まらなかったことで、鳥飼は購入を取り消したいという相談を証券会社にしたが、最後は条件を良くすることで折り合ったという。

「ついに来るべきときが来たか。もう逃げるしかないで」

木村が他人ごとのような口調でいった。