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「今すぐ300億を…」ある証券マンが、謎の投資家から受けた挑戦

東京マネー戦記【12】2006年初夏

ITバブルの崩壊を機に、一気に暗雲立ち込めた2000年代半ばの日本経済。その影でギリギリの戦いを続ける男たちがいた。

本当にコイツを信じていいのか? 投資家との腹の探り合いの中で、いつしか不思議な縁が芽生えて……息詰まる証券ディーラーたちの攻防を描く「東京マネー戦記」第12回。

(監修/町田哲也

 

数十億を動かす男

2006年は、マーケットがふたたび悪化に転じた年だった。

年初のライブドア事件を契機に、株価は大きく下落していた。社債市場も、長く続いた相場上昇で割高になっていたのだろう。リスクがリターンに見合っていないことに、投資家が気づきはじめていた。

マーケットの見方は楽観論と悲観論にわかれ、ディーラーのチーム内でも意見の相違が見られた。悲観論の筆頭が、チームヘッドの木村悟志だった。店頭の取引を見るたびに、「こんながらくたどうするんや」というのが木村の口癖になっていた。

「こんなん買い取ったところで、誰に売るつもりや」

「今はまだ見えませんけど、買い手はすぐに出てきますよ」

「何でその買い手は、今買わんのや。値上がりすることが前提になっとるやないか」

「それくらいのリスクはぼくらが取らないと、稼げないじゃないですか」

「どこか間違えとると思わんか」

あるときから、木村は収益を追求しなくなった。これ以上無理してリスクを取ると、損をしかねないと判断したのだろう。切り替えの早い木村らしいが、ぼくにはそんなネガティブな考えが理解できなかった。

たしかに市場はどこかで下落に転じるかもしれないが、待つだけでは稼げないのも明らかだった。

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そんなマーケットの変化を敏感に感じていたのが、一部の不動産会社だった。社債を発行する企業からすれば、割安で調達できる間になるべく多くの資金を集めておきたい。大口の投資家に、IRと称して企業が熱心に回るようになっていた。

敏腕ファンドマネージャーの鳥飼和幸は、有力投資家の代表格だった。鳥飼が数十億円単位で購入を決めると、社債が発行できる会社は少なくない。鳥飼の購入したい条件が会社の発行条件になるといっても過言ではなかった。

数年前に知り合ってから、ぼくは鳥飼と親しくなり、勉強会を開くようになっていた。新たに投資対象を広げていくには、業界や企業に対する理解が不可欠だ。分析を共有し、関係を密にすることで、鳥飼を逃げられなくするという狙いもあった。

しかし日中では、多忙な鳥飼の時間を確保できない。そこで思いついたのが業務時間終了後の勉強会だった。

ファンドマネージャーが特定の業者と繰り返し会食を持つことは制限されているが、勉強会なら問題ない。ぼくはビールとつまみを大量に買うと、デパートの屋上に向かった。

「お待たせしました」

「ここが秘密の場所か?」

「誰にも邪魔されないでしょ。案件に集中するにはちょうどいいですよ」

ゴールデンウィークが終わったばかりだった。屋上は夏になるとビアガーデンが開かれるようで、テーブルと椅子が折りたたんで置かれていた。ぼくたちはテーブルを組み立てて椅子を並べると、缶ビールで乾杯した。