『きのう何食べた?』が描く絶妙な“距離感”に私たちは魅了される

よしながふみと家族の食卓
福田 里香 プロフィール

フードとの絶妙な距離感がたまらない

「何食べ」は毎回、主人公のシロさんとケンジの仕事や家族、友人などにまつわる些細な出来事と並んで、シロさんが作るその日のご飯が“献立”で登場する構成だ。 

しかし、よしながふみはレシピマンガを描いても相変わらずだ。

フードでバトルすることもなければ、うまいものを口にしたからといって感動で宇宙が見えたり、心の底から救われることはない。

よしながマンガの何が好きって、このフードとの絶妙な距離感だ。

単品勝負をせず蘊蓄を語らず、必ず献立で提示するのは、食事も人間も結局は関係性が重要で、誰とどんな心境で食卓を囲むかが大切なのだと彼女は物語る。

また「何食べ」をBLマンガにカテゴライズするひともいるが、本作に登場するフード、そこから立ち上がる作品の「あじすじ」を考えると、わたしにはBLマンガであるとは読めない。

この作品は、今どき大家族、バイト先の後輩と恋愛中、30才を過ぎて結活中、離婚して3度目の再婚、シングルで働きながら子育て、結婚7年目で不倫中……といったプロフィールのひとびとを描くのと同様に、「ふと知り合ったふたりが同居中」という市井の普通のひとびとの話としてシロさんとケンジを描いていて、そのふたりのセクシャリティがたまたまゲイだったという順列だ。

敢えてシロさんとケンジの恋愛をさらっと流し、すでに同居してそれなりに落ち着いた、事実婚とも云うべき同性カップルとして描いているのも、このためだと思う。

恋愛ではなく、これは新しい家族の在り方を穏やかな方法で模索する話だ。

なぜなら、よしながふみの作品のテーマは、新人時代から終始一貫して家族の問題だからだ。

 

「じゃあ、あした何食べる?」の稀有さ

代表作に例を取ると、「大奥」は血を繋ぐってマジ大変(汗)という、徳川将軍家の跡継ぎ問題のあれこれの話と読めるし、「西洋骨董洋菓子店」は心にトラウマを抱えたり、生い立ちに問題がある人々が疑似家族になる話である。

だからこそ、「何食べ」においても家族の関係性の象徴とも取れる“献立”が大切なのだ。 

特に「何食べ」の1巻冒頭は象徴的。

シロさんが勤める弁護士事務所の若先生が所員全員に向って「ねえねえ 昨日の夕飯何食べた?」と問う台詞ではじまる。

この一言だけで、事務所のメンバー4人は所帯が全員別々なのだと読者は知る。

では、主人公のシロさんが食卓を共にしたのは誰なのか――そんな疑問を抱くうち、読者は、昨日の夕飯の献立を知ることができるのは、その夕飯を一緒に食べたひとだけだと、改めてはっとさせられる。

献立が家族の関係の結び目になっているという当たり前の事実に気づかされるのだ。

例えば食後に「じゃあ、あした何食べる?」と明日の献立について話を切り出すのは、関係が落ち着いていないとできない行為だ。

明日の献立を問えるという平凡無事がじつは奇跡だと気づかされる。

「きのう何食べた?」という問いかけのタイトルが暗示するものは、明日の献立に続いていく日々だ。

本作はそれこそが何にも替えがたい幸福なのだと教えてくれる。