その実験、「孫子の兵法」に学ぼう! 理系のための卒論術

実験とはこれすなわち戦である
ブルーバックス編集部 プロフィール

速戦速勝といっても、単に実験時間が短ければよいわけではありません。よけいなことはいっさいせず、条件を研ぎ澄ますことこそが速戦速勝への道です。

勝ってから戦え

「戦上手は勝ってから戦う。下手な司令官は戦いの成り行きのなかに勝ちを求めようとする」

成算がない実験をしても、成果は得られません。

チェックメイト。戦う前に勝利をつかもう。 Photo by gettyimages

本当は、論文を書いてから実験するのが正しいのです。血液型の発見者であるラントシュタイナーも、論文を先に書いて実験していたそうです。

実験するとどうなるかを自分の頭の中でシミュレートし、「こうなるはずだ」と予測することが大事です。どのような結果が、どのくらいの不確かさを持って発生するかを、数字として書ける程度に想像を固めます。データは架空であっても、論文全体のスケッチを書いてしまうのです。

研究の醍醐味とは、予測と実験とを戦わせることです。実験をやってみてデータに誤差が出たとします。予測を考え抜いた人は、どのような誤差が出るかも予測していたはずです。それならば、誤差の標準偏差が大きいとか、方向や分布が違うなどと、的確な目のつけどころで検討できます。考え抜いたはずの自分の仮説が、現実とどう異なるのかを知ることで、真相を究明できるのです。

インチキな論文は、このような予測を持たなかったために出現するのです。

「実験前に架空データで論文を書くなんて、それこそ不正だ」と言われそうですが、実際は逆です。「成算のないまま見切り発車で実験したところ、たまたま値があと少しだけ大きかったならば有意差を認められる惜しい結果に終わった」というようなときに、人は情に流されて、値を改竄したくなるのだと思います。そうして不正に手を染めるのです。

研究不正という名の「悪魔のささやき」 Photo by iStock

ちなみにプロの研究者は、研究費申請書を頻繁に書きます。申請書は、「こうすればうまくいくはずだ。実験はまだだけど」という文書ですから、架空データによる予測論文の一種です。だからプロの研究者は、予測論文を書いてから実験するという習慣に慣れています。

モーツァルトの「作曲はもうできたよ。あとは譜面に書くだけさ」という言葉通りの手順を進めるのが、本物のクリエーターなのです。