人気イラストレーターの松尾たいこさんは、多くの本の装画を担当し、個展も頻繁に行われている。自著も多く、間違いなく「売れっ子イラストレーター」の一人だ。しかし実はイラストレーターになったのは1998年、35歳のときだった。

華やかで素敵な生活をしている人も、楽な道のりだけを歩いてきた人はほとんどいないだろう。松尾さんは華やかでポップな色合いのイラストが人気だが、実は人生はモノトーンだったという。少しずつ、恐る恐る足を踏み出し、人生が色づいていった。

松尾さんのイラストとともに、人生に色をつけて行けるようになった足跡を辿っていく。

黒もいろんな黒がある

私が使う画材は主にアクリル絵の具です。

自分が好きなやわらかい色を作るために、パレットにいくつかの絵の具を取り出し混ぜていきます。単色だとキツいイメージでも、ホワイトやイエローを混ぜると全く違う印象になるんですよね。ブラウンにイエローを混ぜると美味しそうなキャラメルみたいな色になるし、ブラックにたくさんホワイトそしてピンクを混ぜるともうすぐ雨が止むやさしい空の色になります。

人生って、その時々でいろんな色になるなあと思います。

「人生バラ色」って感じることもあれば「ブルーな気分」で全てが嫌になることもある。悲しい色の時でも、そこに少しの明るい色(出来事や人との出会い)があれば、気持ちが和らぐし、逆に楽しい色の時に、ブラック(誰かの悪意など)が混ざってしまうと、取り返しのつかない汚い色になることもあります。

私が描く絵は、カラフルでポップと評されます。
私自身も「作品を通してハッピーを伝えたい」と思いながら作品を作っているので、その評価はとても嬉しいです。その作風のおかげもあり、「いつも楽しそう」「自由にのびのびしている」と言われることが多いのですが、意外と暗い子供時代だったんです。

それでもいろんな人に出会い、いろんな経験をし、明るい色に変える方法が少しずつわかってきて、いまの私がいます。

私の中にあるたくさんの色たちのことをここで語っていきたいなと思っています。

断捨離好きでも捨てられないアルバム

断捨離が大好きな私ですが、処分できない一冊のアルバムがあります。

生まれてから1歳になるぐらいまでの写真が収められているそのアルバムには、私の誕生を喜ぶ母の書いた文章が添えられています。

生まれてすぐに看護師さんに洗われて、顔をくしゃくしゃにして口を開けている私の写真と共に「人生のスタート。力いっぱい声を張りあげて誕生を喜ぶ」とあります。

もちろんその時の記憶なんてありませんが、生まれてきたことを喜んでくれた両親のことを想像でき、アルバムの文章と写真を見ると今の自分がここにいることの奇跡や感謝の気持ちを思い出させてくれます。

私が生まれたのは瀬戸内海に面し山々が多い広島県呉市、映画『この世界の片隅に』の舞台にもなった場所です。
帝王切開で生まれた私は、一番元気が良く、よく母乳を飲むので病院では「優等生」と呼ばれていたそうです。

小さな頃の私は、男の子とばかり遊ぶ元気な子でした。
外で走り回り大好きなおもちゃはピストルで、人形を買ってもらっても「人質」として利用。
毎日が楽しくて両親からもたっぷりの愛情をもらっていたなあと思っています。

幼稚園に通うようなって、本のおもしろさにめざめました。
文字から想像を広げて自分だけの世界にふけるというのが好きでした。
アンデルセン童話やグリム童話をはじめ、本ならなんでも読んでいました。
幼稚園でもオルガンの下に潜って一人で静かに本を読んでいて、先生が探しまわることもあったそうです。友達の家に行っても書棚の本を次々と読み、たいこちゃんは来ても本ばかり読むからつまらないと言われるほどでした。

幼稚園のころ、自宅前で弟と。この頃は伸び伸びやんちゃな子どもだった 写真提供/松尾たいこ

絵を描くことも大好きで、いろいろな動物を一冊のノートにびっしり描き、祖母にプレゼントしたこともあります。

テレビではトムとジェリーやリボンの騎士が大好きで、あのパステルカラーのきれいな色たちが私の色使いの原点の気がしています。

それからいろいろなことがあり、長い長い私の暗い時代がやってくるのですが、いま思えば、絵を描き、元気に自由に遊びまわっていたこの頃が本来の私に一番近い気がします。