# 三国志

曹操を魅力的に描いたのは、吉川英治『三国志』だけじゃない!

局アナが語る「三国志の日本史」⑤
箱崎 みどり プロフィール

岡本『新譯三国志』では、曹操を否定的に見ることは殆どありません。

登場して間もない段階で、董卓暗殺に失敗した曹操を、「だが、流石は曹操、少しも慌てた樣子を見せず、悠々と欛を持ち直し」と描き、暗殺に失敗したことを悟りつつも取り乱さなかったことを評価。

また、許都にいた関羽が劉備との再会のため曹操の下を辞す場面では、「曹操も正に天下の大人物。英雄は英雄を知るといふのか、今は己れに背いて去り行く關羽の心中、曹操なればこそ解き得るのだ。情に於ては、可愛さ餘つて憎さ百倍ともなるべき所であるが、そこは流石に曹操の偉大な所であらう」と手放しで褒めています。

この場面については、同時代に出版された雄山閣編『三国志』(近世物語文學第15巻、雄山閣、1940年)でも、「然し流石は曹操である、「これこそ眞の忠臣だ」と敢て咎めようとしなかつた」と、曹操を評価しているので、曹操は、関羽との関係の中で、男を上げたと見ることができそうです。

弓館『三國志』、岡本『新譯三國志』双方で、曹操を褒めている箇所は、『三国志演義』から離れた独自の表現部分で、口語の色彩が色濃く出ています。

この2作品は、1冊の本の中に、『三国志演義』をギュギュッと凝縮しているため、原文を引き写すことができずに、作者が自分の言葉で書いた部分が多くなっています。自由に筆を進めると、自ずと、悪役というだけでは片づけられない曹操の魅力がよりはっきり映るのではないでしょうか。

曹操は、『三国志演義』で強調されるように漢朝の簒奪者ではありますが、残忍さはあっても傑物。物語を語っていくうちに、「三国志」を大いに動かす英雄を、つい好きになってしまうのかもしれませんね。

新たな口語再話が求められた

ところで、吉川『三国志』と同時代に、『三国志演義』の再話が出ていたと聞いて、驚いた方もいらっしゃるかもしれません。

 

実は、吉川『三国志』が新聞連載されていた日中戦争期に、知られざる「三国志」ブームがあったのです。

岡本成蹊『新譯三國志』(八紘社、1939年7月)
吉川英治『三国志』[『中外商業新報』1939年8月26日夕刊-1942年10月30日夕刊]、及び吉川英治『新編三国志』[『日本産業経済新聞』1942年11月3日夕刊-1943年9月5日夕刊]
村上知行『三国志物語』第1巻-第3巻(中央公論社、1939年11、12月、1940年2月)
雄山閣編『三国志』(物語近世文學 第15巻、雄山閣、1940年8月)
弓館芳夫『三国志』(第一書房、1941年1月)

この5作品は、『三国志演義』や『通俗三国志』を底本にしていても、文章はそれをなぞるのではなく、新たに語り直されているので、再話と呼ぶことにします。子ども向けに書かれた、野村愛正『三国志物語』(大日本雄辯會講談社、1940年)も、日中戦争下に生まれた再話です。

さらには、史書『三国志』を語り直した、大場彌平『秋風五丈原』(中央公論社、1939年)、田中久『兵法三国志』(新正堂、1942年)に、『通俗三国志』の再版 (博文館編輯局編『通俗三国志』第1-6巻、博文館、1940年)なども出ていて、日中戦争期における「三国志」熱の高まりが窺えます。

これまで、日本での『三国志演義』を考えるとき、吉川『三国志』の重要性が論じられてきました。しかし、私は、吉川『三国志』も含む、日中戦争期の「三国志」ブームが、日本における『三国志演義』受容にとって重要なものだと考えています。

連載初回から見てきたように、江戸時代に成立した『通俗三国志』は、完成度が高く、江戸時代はもちろん、明治以降も人気を誇りました。逆に言えば、そのために、『三国志演義』の大人向けの再話は停滞。再話に限って言えば、『西遊記』や『水滸伝』の方が活発に行われていた程です。

しかし、そうは言っても、昭和の時代を生きる日中戦争期の読者にとって、それまで読まれてきた『通俗三国志』は、読み辛いものとなっていたため、新たな口語再話が求められたのです。

『三国志演義』の口語再話は、日中戦争期の中国に対する関心の高まりを契機に多数登場し、『通俗三国志』から離れた読みやすい形で『三国志演義』の魅力を再発見させ、戦後の「三国志」受容の基礎を形成していきます。詳しいお話は、次回に。

【編集部より】箱崎みどりさん初の著書『三国志の日本史(仮題)』(講談社現代新書)が今夏~今秋、発売予定です。どうぞご期待ください!

<参考文献>
(前回までの参考文献、本文中の一次資料に加えて)

今鷹真・井波律子訳『正史 三国志1』(筑摩書房、1992年)
高島俊男『水滸伝と日本人』(大修館書店、1991年)

鲁迅「中国小说的历史的变迁」「中国小说史略」(『鲁迅全集』第9集、人民文学出版社、2005年)

奥野信太郎「三國志演義を中心として」(『中央公論』1939年9月特大號(中央公論社、1939年)、458-465ページ