# 三国志

曹操を魅力的に描いたのは、吉川英治『三国志』だけじゃない!

局アナが語る「三国志の日本史」⑤
箱崎 みどり プロフィール

曹操の人間的な感情面も書き加えられました。

曹操を討とうという劉備たちの密書が漏れた箇所では「曹操はどこまでも、玄徳をさきに討とうと望んでいるらしい。玄徳に対しては、ひと頃、熱愛を傾けて交わっていただけに、反動的な感情がいまはこみあげている。国事に関する大策にでも、どうしても幾分かの感情をまじえないではいられないのは、曹操の特質であった」と、曹操の劉備に対する感情から、彼の性格にも言及しています。

そして、特に、曹操への描写に力が入るのが、関羽を臣下にしようと手を尽くすところ。

「実をいうと、予は遠い以前から、関羽の男ぶりに恋しておる。沈剛内勇、まことに寛濶な男で、しかも武芸は三軍に冠たるものがある。……こんどの戦こそ、日頃の恋をとげるにはまたとない好機。なんとかして彼を麾下に加えたいものである。怪我なく生け捕って、許都のみやげに連れもどりたい。――各〻、予が意を酌んで、充分に策をねってくれよ」

もちろん関羽の希望する三条件も、そのまま告げた。剛腹な曹操も、この条件の重さに、おどろいた顔色であったが、

「さすがは関羽、果たして、予の眼鑑にたがわぬ義人である。――漢に降るとも、曹操には降らぬというのも気に入った。――われも漢の丞相、漢すなわち我だ。――また二夫人の扶養などはいと易いこと。……ただ、玄徳の消息が分り次第、いつでも立ち去るというのは困るが」

と、その一箇条には、初め難色があったが、張遼がここぞと熱意をもって、

「いや、関羽が、ふかく玄徳を慕うのも、玄徳がよく関羽の心をつかんだので、もし丞相が親しく彼をそばへ置いて、玄徳以上に、目をおかけになれば、――長いうちには必ず彼も遂に丞相の恩義に服するようになりましょう。士はおのれを知るものの為に死す ――そこは丞相がいかに良将をお用いになるかの腕次第ではございませぬか」

と、説いたので、曹操も遂に、三つの乞いをゆるし、すぐ関羽を迎えてこいと、恋人を待つように彼を待ちぬいたのであった。

と、関羽を待ち望む様子を、まさに恋する乙女のように描き、曹操のイメージを柔らかく、そして読者の眼に可愛らしくすら映るように描いたのです。関羽降伏の三条件を提示されてから呑むまでを、丁寧に描写することで、曹操の心の動き、鷹揚さ、柔軟性、そして、関羽に対する熱意が手に取るように分かる場面です。

そんな中でも、政治に打ち込む姿を書き加え、好人物としての曹操がさり気なく印象付けられていきます。

曹操は政治にたいしても、人いちばいの情熱をもって当った。許都を中心とする新文化はいちじるしく勃興している。自己の指導ひとつで、庶民生活の様態があらたまってきたり、産業、農事の改革から、目にみえて、一般の福利が増進されてきたりするのを見ると、

「政治こそ、人間の仕事のうちで、最高な理想を行いうる大事業だ」

と信じて、年とるほど、政治に抱く興味と情熱はふかくなっていた。

悪役では片づけられない

実は、こういった曹操の描き方は、吉川『三国志』と同時期に書かれた岡本成蹊『新譯三國志』(八紘社、1939年)や、弓館芳夫『三國志』(第一書房、1941年)にも共通する傾向です。

 

まず、弓館『三國志』から。新聞記者として、スポーツ記事などを執筆していた弓館の『三国志』は、軽妙洒脱な語り口がその最大の特色です。

曹操についても、『三国志演義』で描かれた悪役・曹操像を踏襲しつつ、感情を露にする場面を通して、曹操を人間的に描いています。

例えば、「この報に接した曹操は、バリバリ歯軋りして怒りました」「もう半分は自棄糞です」といった具合。

冷徹な悪役というよりも、感情を爆発させる、大きな子どものようにも思えてきます。

さらに、曹操を肯定的に捉える場面も多く、判断力や不屈さなど、語り手の価値観から見て評価できるところには、惜しげもない賞賛を送っています。

例えば、「この點、曹操もなかなか宜しい、氣に入った」「主君を賣る貪慾者として、斬罪に處したのは、この邊曹操もなかなか話せる男です」「しかし曹操は、一敗地に塗れたまま、決して凹むやうな男子ぢやない」など。

曹操という人物をその行動から褒め、それが、「曹操ならこうしてくれるだろう」「このまま終わるはずがない」といった、信頼感に繋がっています。

英語教師であり英文学者だった岡本『新譯三国志』も、平易な言葉遣いで書かれ、書き手の価値観が色濃く滲んでいるのが特色です。