私立中学を退学し「フリーター」
そして「ひきこもり」

神奈川御三家と呼ばれる学校のすべてに合格し、栄光学園に進学した。中1から、鉄緑会とSEGという、有名中高一貫校生御用達の大学受験塾に通わされた。しかし小学生時代からの習性で、学校の宿題をまったくやらない。テストの点も悪い。成績表は赤点だらけになった。さらに、Rさんはのちに、学校内で30件以上の盗難事件を起こす。

「家に帰りたくなくて、学校帰りに街をふらふらしていたんです。ゲームセンターに寄ったり、カードゲームを買ったりするために、お金を盗みました。O君というクラスメイトがいつもいっしょにいてくれました。僕にとっては数少ない理解者。でも、O君に迷惑をかけてはいけないから、盗難のことは黙っていました。いつも僕がO君に金を渡していっしょに遊ぶという感じ。O君も『なんでそんなに金もってるの?』と不思議がっていました」(Rさん、以下同)

素行不良というよりも、赤点だらけの成績が原因で、中学2年生で留年が決まった。2度目の中学2年生の途中で、Rさんは結局退学する。

学校帰りにゲームセンターに寄るのも、家に帰りたくない思いからだった Photo by iStock

「校長面談のとき、たぶん、僕が『お願いします』と頼んだら、先生たちは学校に残してくれたと思うんです。でも僕は、『やめます』と自分から言いました。帰路、母親は『なんであんなことを言ったの?』と泣きながら僕を責めましたが、僕は何の未練も感じていませんでした」

そこに至るいきさつと、当時担任であった「イモニイ」の側から見た当時のRさんの様子は、拙著『いま、ここで輝く。』に描かれている。

幼いころから母親の期待を一身に受け、応えてきた。しかし退学を選択するという形で、ついに母親の期待を打ち砕いたのである。地元の中学に転籍し、そこから普通の県立高校に進学した。

「でも母はまったく変わりませんでした。息子が有名進学校を退学して、目が覚めたとか、自分の過ちに気付いたとかではぜんぜんなくて、現実を受け入れることができず、ただ無気力になっていきました」

高校を卒業して2年間、フリーターになり、さまざまなバイトを経験した。「正社員にならないか?」とも誘われたが、それは自分のしたいことではないと感じて断った。「もういいかな」と思って、バイトもすべてやめてしまった。

それから1年間、家から一歩も出なかった。いわゆる「ひきこもり」である。寝転がってテレビを見るだけの日々。シャワーを浴びるのも面倒くさい。母親はほとんどの家事を放棄しており、家はゴミ屋敷化。食事はほぼ毎食、牛丼屋かスーパーの弁当だった。

まるで「見えない牢獄」の中の無気力な囚人のようだった。ほとんど無意識レベルで、「ほら、これがあなたの教育の成果だ!」と、自分の堕落していく姿を母親に見せつけたかったのかもしれない。