「井上尚弥は全く別の生き物」敗れた外国人ボクサーが語る怪物の実像

怪物に敗れた男たち③
森合 正範 プロフィール

わずか5分で崩壊

パレナスは足元がふらつきながらも立ち上がった。「耐えて、凌ぐ。なんとか持ちこたえて、回復しよう」。頭の中でこのラウンドの方向性が定まったとき、井上は既に距離を詰め、迫ってきていた。倒しに来ている。大きな左フックを浴びた。「ハンマーで殴られたようだった」。後ずさりする。続けざまに右、左とパンチを浴び、リングにひざまずくようにダウンを喫した。レフェリーがカウントを数える。

1,2、3…。

その瞬間、パレナスは右拳をリングにたたきつけた。本来なら井上にたたき込むはずだった右拳。それをリングに向けて放ったのだ。

「とてもがっかりしたんだ。ここまで頑張ってランキングを上げて、ようやく世界戦まで来て、チャンピオンになれると思った。夢のため精一杯やってきた。それがたった2ラウンドで終わってしまう。負ければランキングも下がる。全てを失う。自分自身への失望と怒り。それでリングを叩いたんだ」

世界の頂点を目指し、12歳から20年かけて歩んできた。世界ランクという階段を一歩一歩上がってきた。あと少しで頂点に立てるところまでたどり着いた。それなのに……。

2回1分20秒TKO負け。これまで積み上げてきたものが、5分足らずで崩れ落ちた。

【PHOTO】gettyimages

3年以上経った今なお、阪東には悔恨の念がある。

「自分はウォズをすごく買っていたので、あの試合はもう少しできたと思う。言い方は悪いけど、びびった状態なんで、(ガードの上からでも)効いちゃった。もちろん想像以上のパンチだったと思う。プラス、心が折れていたんで倒れちゃった。リングを叩く余裕があったので、まだいけると思ったら諦めた。まあ、難しいところなんですけどね」

歯がゆさ。もどかしさがある。言葉を選びながら続けた。

「ボクシングへの考え方が日本とは違うのかもしれない。もう少しやってほしかったけど、ウォズは身の危険を感じたのかな」

 

日本人は最後の最後まで諦めず1%でも可能性がある限り闘い抜き、逆転にかける。それが美徳とされる。しかし、力の差を感じ取ったならば、致命傷を負わずにリングを降りるというのも一つの考え方かもしれない。もうパレナスの体は自分一人のものではないのだ。妻、子ども、両親、兄妹、親類、町中のこどもたち…何十人の生活を背負っている。

もちろん、パレナスは勝つ気でリングに上がった。倒す気持ちで挑んだ。手を抜くことは一切なかった。だが、開始12秒のコンビネーションで実力差が分かり、時間の経過とともに、心は折れ、致命的なダメージは受けなくても、もう勝てないと悟ってしまった。その決断を誰が責めることができようか。リングに向けた拳。それは自分自身への怒りであり、敗北を認めたパンチでもあったのだ。

試合のDVDを止めると、「井上はモンスター、それは真実だったよ」と言い残し、4度目のトイレへと席を立った。