「井上尚弥は全く別の生き物」敗れた外国人ボクサーが語る怪物の実像

怪物に敗れた男たち③
森合 正範 プロフィール

「お前は300万円の選手じゃないぞ」

当時、2階級制覇王者の井上は8勝7KO無敗の22歳。パレナスは24勝21KO6敗1分の32歳。右の一発には自信があった。

提示されたファイトマネーは300万円。世界ランキング1位を維持していたため、指名試合として行われることになった。挑戦者としてはまずまずの額といっていい。

「とても興奮したね。やっとチャンピオンと闘える。小さいころからの夢だった世界チャンピオンになれると思ったんだ。」

 

パレナスを指導していたのはエドウィン・バレロ(ベネズエラ)、内山高志らとの対戦経験がある阪東ヒーロー。井上戦での勝機を見出していた。阪東が言う。

「ウォズはスーパーフライだけど(3階級上の)フェザー級のパンチを持っていた。井上君は右拳の故障明けで、どうなるか分からない。プレッシャーをかけながら後半勝負で勝てるかなという考えがあった」

試合を翌日に控えた2015年12月28日。東京都内のホテルで計量が行われた。パレナスが計量をクリアすると、陣営はファイトマネーの300万円をパレナスに渡した。これまで手にしてきた額より一桁多い。

計量後にファイトマネーをもらうのは、ボクシング界の通例だ。だが、そのとき、阪東は「彼にとっては相当な額。これで心が満たされたら困るな」と思ったという。だからこそ諭すように言った。

「ウォズ、おまえは300万円の選手じゃないぞ。この試合に勝てばゼロがもう一個増える。もっと稼げるんだ。明日、勝とう」

その言葉にパレナスは黙って頷いた。

兵庫県川西市にある森岡ジムの事務所。私は現在パレナスが所属するこのジムへ向かい、彼に井上との試合を振り返ってもらおうと思った。パレナスは取材前にトイレへ行き、以降、30分おきに席を立って用を足す。「緊張している?」と尋ねると、人の良さそうな顔で「少しだけ」と答えた。

会話を聞いていた会長の森岡和則は「ウォズはいつもトイレに行ってばかりなんですよ」と言って、笑った。

現在は森岡ジムで選手兼トレーナーを務める

DVDプレーヤーで井上戦を再生する。パレナスは「これまで何回も見ている。負けた試合は勉強になるんだ」とつぶやいた。