「しなやかな女性リーダー」という言葉こそが女性の活躍を阻んでいる

日本企業で女性管理職が増えない理由
高田 朝子 プロフィール

「可哀相」だという誤解

ビジネスの現場ではより悩ましい問題も発生している。会社は女性活躍推進の方向に向かっていても、「女性にこんな仕事をさせられない」という中年男性からの声である。修羅場、即ち肉体的にきつい仕事、精神的にきついと思われる仕事を女性にやらせることに逡巡するらしい。

紳士的な配慮と本人達は思っているかもしれないが、実は無意識に女性の腕や能力を信用していないのかもしれない。これは長い間男性が女性社員を「ウチの女の子」と呼びメインストリームにいる人材として考えてこなかったことに起因する。

修羅場は結果がどうであれ、自分の腕と経験を磨く成長のための機会である。管理職は多くの修羅場を経験し、自分の実力を高め、社内外にそれなりのネットワークを作り上げながら色々な知恵を集め、何かを作り上げていくこと必要とされる。考えようによっては好機である。

ところが現状において男性は、女性にきついことをさせたらパワーハラスメントとか、場合によってはセクシャルハラスメントと言われるのではないかという不安が先立ち、女性に「忖度」し修羅場を潜らせたがらない。この無駄な思いやりが女性達の好機を奪っていることに気がつかない。そして女性はこのような対応に不信感を抱く。

 

言語化能力を磨く、フラットに観察する

どうすればこうしたミスマッチが少なくなるのか。

多くの企業や男性達は真剣に女性の活躍を願っている。足を引っ張りたい訳では断じてない。単にやり方を間違えているのである。男性中心の同質性の高いビジネス社会から、異質な者を受け入れなくは回らなくなっている社会への過渡期ならではの事象ともいえる。

最優先でやらなくてはいけないことは、企業や個人、性別関係なくそれぞれが言語化能力を磨くことである。男性中心の同質社会では、阿吽の呼吸が是とされた。家族よりも長く職場で時間を共有しているために、言葉に出さなくても相手の動きが予想できる。

その上、企業の場合は似たようなバックグラウンドの人を採用する傾向が強いためにより予測の精度は上がる。痒いところに手が届く、阿吽の呼吸で意思疎通することが比較的可能であった。ところが、異質の人が入ってきた場合は「察してくれよ」は通用しない。言語で具体的に表現しない限りわからない。

しなやか、という曖昧な言葉に逃げずに、具体的にどうすることが必要なのかを言葉にすることである。リーダーシップの講義でMBA学生に「10才児にわかるように話しなさい」と口を酸っぱくして言う。人に届く言葉はシンプルである。専門用語、曖昧な言葉、情緒的な言葉よりも、シンプルな言葉で具体的に話す方がよほど難しい。本質がむき出しになるからである。

具体的にどうなると良いと思うのか。言葉にして相手に伝えることから始まる。修羅場を女性に潜らせたくないのならば、何故潜らせないのか、女性の適性の問題なのか、個人的な心配なのかを相手に伝わるように表現しないといけない。

女性の側も同じで、相手からの受け身ではなく自分の言葉で論理が通るように言語化する能力を磨くべきだ。「だってそうなんだもん」ではなくて、原因は何でどうしたいのかを言葉で表現する必要がある。そこでお互いが納得すれば、違う形の関係性を構築できる。相手がわかって当たり前ではなくて、お互いが自分の意向をわかってもらうための努力をすることなしには何も進まない。

言葉にするには観察することが必要になる。女性はこうあるべきだという過去の思い込みを捨てて、何を彼女達が求めていて何に不満に思っているのか。清澄な視点で情報収集をすべきである。「こうあるべきだ」は現実を曇らせる。ミスマッチが生じやすい。

長い間の思い込みを変えるのは忍耐が必要である。興味を持って清澄に真剣に観察する、そして言葉にする。一つ一つ地道に歩み寄っていく以外にミスマッチを修正する魔法の杖は存在しない。

関連記事