日本国内でも屈指の原生自然が残る奄美大島。中でも淡水と海水が入り混じる汽水域に生育する天然のマングローブ林は、沖縄と種子島、奄美大島でしか見られません。豊かな海と森が育む手付かずの自然の懐へ、あるときはカヤックで、あるいは自分の足で、デザイナーの森美穂子さんと一緒にゆったりと、軽やかに旅をしました。
 

島に伝わる「泥染め」から学んだ
自然と服の新しい関係。

鶏飯を食べるなら〈みなとや〉へ。/みなとや 鹿児島県奄美市笠利町外金久81 ☎0997-63-0023

着陸のアナウンスが流れると、窓の外にはエメラルド色の海が迫って見えた。空港に降り立つと南国らしい、心地よい湿気を帯びた空気が体を包む。奄美大島は間もなく夏だ。レンタカーを借りて市街へ向かう。まずは腹ごしらえしようという話になって、スタッフから「奄美に来たら鶏飯でしょう」と声がかかると、旅の同行者の森美穂子さんはキョトンとした顔で「ケイハンってなんですか?」と言う。じつは彼女、今回が初の奄美上陸なのだ。

こちらは〈みなとや〉と双璧を成す〈ひさ倉〉。鶏飯の二大人気店を制覇。/けいはん ひさ倉 鹿児島県大島郡龍郷町屋入516 ☎0997-62-2988

〈and wander〉というアウトドアブランドを立ち上げ、デザイナーとして活躍する森さん。多忙を極める生活の中でも、国内外の山やトレイルを歩きに出かけている。が、じつは海は苦手。完全なカナヅチだそう。「島を旅するとしても山歩きが中心で。奄美大島の山はハブが出るというので、足が向かなかったんです」

そんな彼女を奄美大島に向かわせたのは、島に古くから伝わる「泥染め」の存在が大きかった。泥染めとは奄美の山に自生する車輪梅というバラ科の木を煮出して作った染料を使った染め物のこと。染め上げた糸や布を泥田の中で揉みしだくことで色を定着させることから泥染めと呼ばれる。奄美大島で1300年ほど続く大島紬。あの気品ある黒色を生み出す技法こそが泥染めで、現在も職人たちが技術を受け継ぎ守っている。

泥染めの技法を守り、新しい挑戦を続ける〈金井工芸〉。泥染めや藍染めの体験も行っている。/金井工芸 鹿児島県大島郡龍郷町戸口2205-1 ☎0997-62-3428

〈金井工芸〉もその伝統を伝える泥染め工房のひとつ。森さんが奄美でぜひ訪れたいと願っていた場所だ。工房を訪ねると、泥染め職人の金井志人さんが迎えてくれた。奄美出身の金井さん、高校卒業後は東京で働いていたが、25歳の頃に島に戻り家業である泥染めの工房を継いだ。現在は大島紬の糸染めを行いつつ、東京のアパレルブランドなどとのコラボレーションも行い、泥染めの魅力を広く伝えようと活動している。

車輪梅を煮出した染料を見学。材料となる木の切り出しも職人たちが行う。

「車輪梅の染料そのものは茶褐色なのですが、染めの回数を変えたり、時には他の植物の染料を混ぜたりして色に変化を出すんです。他の植物も、ほとんどは島に自生しているものです。どの植物がどんな色の染料になるのか、日々実験みたいなものですね。そこが面白いところです」

工房の裏手にある泥田。この泥に含まれる鉄分が大島紬に欠かせない色あいを生む。

「泥田も見てみますか?」と言って案内してくれたのが、工房の裏手にある小さな池のような沼のような場所。これこそが泥染めの肝で、この泥田に染め終わった布や糸を浸し、揉むことで、少しくすんだような、独特の渋みのある色が出る。

「泥パックみたいな感じです!」

パンツの裾を膝までたくしあげて泥田に入った森さん。泥田に手を突っ込んで、泥の質感を確かめている。

「ここには150万年ほど前の古代層が蓄積しているそうです。鉄分が多く、それが染料に反応してあの独特の色みを出すんです」と金井さん。

こちらは藍染めの工程。染色を繰り返すことで色を深くしていく。このあと泥田に浸けて揉みしだくことで渋みのある色あいに仕上げる。

「島の植物と土がないと生まれない色なんですね。私も普段服を作っていますけど、この色は化学染料では絶対に出せないなと思います。とくに私の作る服は山や自然の中で着てもらうものなので、こんな風に自然と繋がったところから生まれる布や糸を使ってアウトドアウェアを作れたら、それはもう最高ですね」

〈金井工芸〉のショップには気鋭のアパレルブランドとコラボした商品も。