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「読書は食事」と話す作家がすすめる、怪人・種村季弘の世界

与那原恵「わが人生最高の10冊」

強烈に魅了された一冊

両親も、歳の離れた姉も、家族皆が読書家で、家中が本だらけ。子どもの頃はお誕生日などイベントごとにもらえるのは本のみ、近所の書店では好きな本をツケで買っていいなど、読書するには恵まれた環境でした。

小さい頃から少年少女世界文学全集やドリトル先生シリーズなどたくさん読みましたが、当時一番好きだったのが、ドイツの児童文学作家のケストナー。古風な訳文で、「すこぶる」などの言葉を面白がって日常会話で使い、家族を笑わせていたことを覚えています。

ずっと本を読み続け、高校生の頃に出会ったのが、今回1位に挙げた種村季弘さんです。最初に読んだのは『薔薇十字の魔法』ですが、一読して難解。でも強烈に魅了されて、「きっと一生読むだろうな」と感じました。

 

種村さんはドイツ文学者、評論家、エッセイストです。ただ、どの肩書にも収まらない博覧強記で、「怪人」にもたとえられました。深い知識は幻想小説・怪奇小説・江戸文学、映画や演劇など多くのジャンルにまたがり、切れの良い文体で独特の世界を作り上げています。

新しい単行本が出ては手に取り、繰り返し読むたび、新たに理解できることがあり、驚きと興奮が押し寄せてきます。

一冊を選ぶのは難しかったのですが、『ヴォルプスヴェーデふたたび』は、20世紀初頭にドイツに誕生した芸術家コミュニティの黄金期と崩壊に至る過程を描いた作品。芸術家のように権力を拒否した人たちが権力化していく、そんな世界中の人間社会で常に起こりうることが、この本では書かれています。

後年、種村さんとは新聞社の書評委員会で仲良くさせていただき、楽しい時間をご一緒したのも、とても良い思い出です。

死の予感の中で紡がれた物語

同じく、書評委員会の仕事で親しくなったのが、5位で挙げている『詩歌遍歴』の木田元さん。木田さんはハイデガー研究で知られる哲学者ですが、素晴らしい随筆を多く残されました。

この本では、ボードレールや白秋、芭蕉、リルケなど、若い頃に出会った詩歌が、それにまつわる記憶とともにつづられています。木田さんが亡くなられた時、棺に納められたのがこの本で、きっとお気に入りだったんでしょうね。愛する詩歌を持つ人生はなんて豊かなんだろうと思い、お見送りしました。

2位の『アメリカン・ストーリーズ』は、私がライターになってから数年経った時に読み、ノンフィクションを書く上で最も影響を受けた本です。

著者は雑誌「ニューヨーカー」にルポやコラムを発表してきた作家。本作はアメリカ各地で起きた事件の背景を追い、様々な人物に迫った作品集で、ありとあらゆる人々から証言を取り、巧みな構成で人物が魅力的に描き出されています。

アメリカ社会では難しい立場のユダヤ系である著者だからこそ、独自の視点で取材でき、書けた内容であるとも感じます。

著者は最後に「報告者がいようといまいと、人生は進む」と書いていますが、私はこの言葉を何度もかみ締めています。

レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』は、世界的によく知られた本。人類学者である著者が1930年代に探検したブラジル奥地の考察に加え、観察者である自分自身の内省も含まれています。

この本が書かれるまで、著者の初めてのブラジル調査から20年以上かかっていますが、そういった時間の蓄積も、書くということにはとても大切なんですよね。また、私も仕事柄、学術論文を読みますが、得た知識をいかに自分のものにし、生きた言葉にすることができるのか、本書を読むたびに考えさせられます。

澁澤龍彦作品も愛読してきましたが、一冊を挙げるとすると、『高丘親王航海記』です。ページを開いたとたん、幻想的な世界に一気に引き込まれます。この作品は亡くなった直後に出版されましたが、すでに病を患い、死の予感の中で紡がれた物語がどこまでも美しい。主人公が飲んだ真珠の珠は著者自身の咽頭がんであり、そのシーンは何度読んでも涙がこぼれます。

私が読む本は、たとえば仕事なら、書き下ろし一冊の参考文献で、1500点ぐらい手に取ることもあります。他に書評で読む本、ルーツや旅に関連した沖縄や台湾、韓国の本。単純に好きな翻訳小説やロックの本、写真集。年がら年中読書していて、もう食事みたいなもの。

栄養であり、友達と語り合う会食のように和みの時間だったり、新しい美味に出会って得る知的興味だったり。人生の最高の楽しみなんですよね。(取材・文/佐藤太志)

▼最近読んだ一冊

「鶴見俊輔がいかにして鶴見俊輔になっていくのか。その人生がつぶさに描かれた評伝。著者は鶴見さんと幼少期から交流があり自分しか知らないこともあったはず。でもあえて資料の読み解きに徹底し書いたのもすごい」