「天皇とは何か」と聞かれたら、私たちがうまく説明できない理由

あなたを駆動する「物語」について12
赤坂 真理 プロフィール

天皇制が、アメリカの政治判断で残された経緯は、今ではよく知られている。

しかしそれは、調べればわかる歴史的事実としてだけあるわけではない。

第一項第一条に、ちゃんと、意志として書き込まれている。

それは美しい文言であると言える。

否定形を使わずに、旧体制を否定する。

そのために、「象徴」という、中身が空っぽな言葉を使う。肯定形で。

憲法がおそろしいと思ったのは、初めてだった。

国のかたちを憲法という公文書に書かれるということ。それは一種の、条約であり契約なのだと思った。

外国との。

その意味では、改憲しようとしまいと、憲法の上位にある条約は日米地位協定なのではないか。

わたしは、絶望しようとかは言っていない。

一度、とことん絶望してみることからしか始まらないのではないかと言いたい。

 

すさまじい洞察

これは、もう、何も言いたくなくなるような無力感だった。

憲法をめぐる議論は、あまたあるが、みなが依拠しているのは、一条ならこういう文章だった。この文章に依拠すること自体をためらった人を、知る限りでは、見たことがない。

天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく

しかしこれは「原文」だったらどうなのか?

”The Emperor shall be the symbol of the state and of the unity of the people, deriving his position from the will of the people with whom resides sovereign power.”

まずは「日本国民」という言葉はないし、「総意」もない。

「統合」に当たるのはintegrationでもない。unityはunitから来ていて、どちらかというと「一体感」というのが近い。

世界に流通する日本国憲法が、日本語からの翻訳でない限り、日本のものがむしろ日本的翻訳と言うべきで、憲法は、内と外への顔が違う。

微妙なようで、大きく違う。

そして私達の頭は、「対内ヴァージョン」でできている。

余談だが自衛隊をめぐる齟齬もここから来ているところが大きいと思う。

無力感を感じるうちに時は進み、一般レベルでは「象徴とはなにか」などという議論はほとんどされなかった。

そうこうするうちに、「令和元年」が来た。

まるで大晦日と元日のような騒ぎで、総じてハッピーな一体感の中に、日本中があった。

第一条の英語は、本当に的を射たものであったと思う。

いや、日本と日本人を見て得た洞察を、条文にしたものである気がした。

それはこういうことだ。

日本国と日本人は、天皇をシンボルとして一体化しやすい国民である

まことに、そうである。

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