獄中手記百枚…懲役14年判決受けた佐川印刷元取締役が最後の訴え

「それでも私は無罪です」

約46億円不正流用の「罪」で…

A4判用紙に几帳面な字でびっしりと書かれた獄中手記は、400字詰め原稿用紙にして100枚は優に超える。

右隅に桜マークのなかに「大」の印字。大阪拘置所の検印である。作者は、佐川印刷元取締役の湯浅敬二被告。会社資金約46億円を不正に流用したとして電子計算機使用詐欺罪などに問われ、京都地裁で懲役14年の実刑判決を受けた。

控訴するものの、昨年12月、大阪高裁は一審判決を支持して控訴を棄却した。湯浅被告は、今年3月に上告。現在、最高裁の判決を待っている状態である。

 

手記は、こう始まる。

<平成18年(06年)に木下(宗昭・佐川印刷)会長から「自由に使えるお金はないのか。他社では、使途不明金とかあるぞ。何か考えてくれ」と、指示を受けました。

私は、今まで会長の要望に対し、できないとか無理などの返事をしたことは一度もなく、大変気の進まない相続対策までも手伝いましたし、会長の依頼を最優先して対応してきました>

このように背景事情を説明したうえで、木下会長の了解を得た「投資」であるとし、投資の失敗については<佐川印刷株式会社と(子会社の)エスピータック株式会社に多大なるご迷惑をおかけしました。大変、申し訳ありません>と、反省のうえで、事件について総括する。

<(木下会長は)権限を前面的かつ包括的に私に委任しており、私において、その権限に基づき、資金を運用したことになりますから、「私が資金を不正に流用した」などと言えないのは明らかです>

無罪主張である。

未上場ながら売上高1000億円を誇る佐川印刷は、京都府向日市に本社・工場を持つ印刷大手。京都で佐川といえば、宅配便大手の佐川急便(現在はSGホールディングスの傘下)を彷彿させるが、佐川印刷は現会長の木下宗昭氏が創業した。

「佐川」の名を冠したのは、佐川急便創業者の故・佐川清氏が、独立したばかりの木下氏の真摯な営業姿勢を買い、仕事を次々に回して飛躍の原動力となったためで、76年、木下氏は佐川急便の出資を受けるとともに、社名を佐川印刷とした。

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