乙武義足プロジェクト」――先天性四肢欠損として生まれた乙武洋匡氏が、テクノロジーの最先端を行くロボット義足を装着し、2本の足で歩こうとしているのをご存知だろうか。エンジニア、研究者、デザイナー、義肢装具士、理学療法士といった多くのプロフェッショナルたちがサポートし、乙武氏の歩行技術獲得の道を伴走している。

実は乙武氏が義足を装着したのは初めてではなかった。1歳半から義足でのトレーニングを行っていたのだ。乙武氏は幼稚園入園直前に電動車椅子を使いこなせるようになると、それからはずっと義足とは縁のない生活を送ってきた。では、なぜ40歳を過ぎたいまになって義足での歩行に取り組んでいるのだろうか?

その疑問を解くカギは、3年前に世間を騒がせたスキャンダルにあった。いっとき「世界で最も住みやすい街」に移住するというアイデアも頭をよぎったが、乙武氏は帰国することを選んだ。それは、あるエンジニアからの「オファー」を引き受けたためだった。

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義足エンジニア遠藤謙氏との出会い

このオファーについて説明するには、騒動直前に出会った、私と同世代のある人物について語らなければならない。

当時の私は、ネットメディアで連載対談のホスト役を務めていた。毎回さまざまなジャンルのトップランナーの話を聞くなかのひとりとして、彼との出会いが待っていた。

遠藤謙氏。

1978年、静岡県生まれ。ソニーコンピュータサイエンス研究所に所属し、ロボット技術を用いてどうしたら身体能力を拡張できるのかを研究するエンジニアだ。その一方で競技用義足の開発を進め、義足アスリートをサポートする株式会社Xiborg(サイボーグ)の代表も務めている。

2019年3月、クラウドファンディングに協力してくれた方々に向けてプロジェクトのことを話す乙武氏と遠藤氏 撮影/森清

Xiborgは2014年に設立された。陸上競技用の板バネ義足は、アイスランドのオズールとドイツのオットーボックの二社が圧倒的なシェアを誇っていて、パラリンピックなどの大会では、日本人選手を含めほとんどの選手がいずれかのメーカーの義足を使っていた。しかし、2016年のリオデジャネイロパラリンピックでは、この二社以外にXiborgの義足が使われた。

リオデジャネイロ大会でXiborgの義足を使用したパラアスリートは、陸上短距離の佐藤圭太選手だ。右足に下腿義足を装着して、男子100メートルと男子4×100メートルリレーに出場。4×100メートルリレーでは銅メダルを獲得した。設立からわずか2年のベンチャー企業が製作した義足が銅メダルに貢献したことは、国内外で大きく報じられた。さらに翌年、Xiborgは、佐藤選手と同じく下腿義足の男子百メートル全米選手権チャンピオン、ジャリッド・ウォレス選手と契約を結ぶなど、一気に存在感を強めている。

リオデジャネイロパラリンピックで4×100メートルリレー銅メダルを獲得した佐藤圭太選手 Photo by Getty Images

パラ陸上で次々起こる「革命」

ここ数年、パラ陸上の世界では革命が進行中だ。

2015年10月、カタールで開催された障害者陸上世界選手権の男子走り幅跳びで、ドイツのマルクス・レーム選手が8メートル40センチの記録で優勝した。この記録は、3年前のロンドン“オリンピック”優勝記録である8メートル31センチを上回っていた。

これは、もしレーム選手がオリンピックに出場すれば、金メダルを獲得できる可能性が高いということを示したものだった。テクノロジーによる義足の進化と、それを装着するアスリートの肉体の成長が、障害者と健常者の境界線を曖昧にするレベルにまで達したことは、世界に大きな衝撃を与えた。

衝撃は、その後も止まらない。2018年7月、レーム選手は、日本の群馬県前橋市で行われたジャパンパラ陸上競技大会で8メートル47センチの世界新記録をマーク、さらに1ヵ月後にドイツのベルリンで開催されたパラ陸上ヨーロッパ選手権では、8メートル48センチまで世界記録を伸ばしている。