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なぜ多くの日本人が「原発問題」について思考停止に陥ってしまうのか

経団連会長は「再稼働」を提言するが…

原発問題は面倒くさい? 進まぬ議論

2019年4月8日、原発メーカーである日立製作所の会長で経団連会長でもある中西宏明氏が、原発の再稼働や新増設を提言する発言を行いました。

その提言では原発の再稼働が遅れていることが問題視され、そのために電力の安定供給に疑問が生じコストも高くなっていること、化石燃料を使う火力発電への依存度が現状で8割を超え環境への負荷が予想されること、再生可能エネルギーについては送電網の整備が遅れていることなどが指摘されました。

反原発を主張する動きについては、安全対策を尽くしているのに地元の自治体の理解がえられないといった非難を行い、反原発を掲げる団体からの公開討論の申し込みについては、「感情的な反対をする方と議論しても意味がない」とそれを断ったことが伝えられています。

正直、その中西会長の言葉を聞いた時には「福島での事故についての責任をどう考えているのか」と私が感情的な反発を覚えてしまったことを白状しておきます。

そもそも、東京電力福島第一原発の事故についての検証が終わってないのに、長く原発推進の立場にあった当事者が日本経済における重要な地位を占め続けていること、原発メーカーの当事者としての立場からの発言をその肩書きで行うことには、違和感を覚えます。

それと同時に、一部の反原発運動にかかわる方の主張が感情的で、「議論しても意味がない」と感じさせてしまう点については共感を覚え、自分の心が混乱をしているのを感じました。

多くの人が「面倒くさい」と感じて、日本の原発、そしてこれからのエネルギーをどうするのかを考えることを諦めてしまっているかのようです。

その結果、2011年の事故が起きて8年以上の月日が経つのに、本格的な議論は進んでいません。

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私はこの現状に強い危機感を覚えます。

原発推進派と反対派が声高に自分たちの主張を述べるだけで、それらが噛み合った議論になりません。いかに相手の主張を潰すかに夢中になっているように思います。

本来は同じ国に暮らし、将来を一緒に作っていかねばならない国民同士のはずです。

それなのに、未来に向けたビジョンを共有しながらも、それぞれの立場の違いを認めながら、「日本の良い将来を作るためにどのようなエネルギー政策を選択するべきか」という主題を離れずに議論を続けることが全くできていません。

すぐに目の前の議論での勝ち負けに夢中になってしまい、その議論がどこを目指すべきかということを忘れてしまいます。

 

中西会長の言葉で共感するのは、感情的な発言に終始するのは望ましくないという点です。

それならば、中西会長ご自身も、反原発の立場の方々への感情的な反発を煽るのではなく、原発を再稼働することが望ましいという根拠を、数字を用いて示していただきたいと考えます。

東京電力福島第一原子力発電所事故でどれほどの損害が生じたのか、それが明確にされなければ議論を進めることができません。もちろん、事故で失われたものの中には、お金に換算できないものも多く含まれています。

それでもやはり、経済の専門家であり日本経済における主導的な立場から再稼働について発言されるのならば、事故によって生じたコストについての評価を示していただきたいのです。

私は東京都出身ですが、2012年4月から福島県南相馬市に暮らし、原発事故の影響についての見聞を広める機会がありました。

地域のコミュニティが蓄積していた富がどれほど失われたのか、想像もつかないほどです。

除染や廃炉や賠償にこれまでどれくらいの費用が生じてしまい、この先もどの程度の予算を計上する必要があるのか、明確にしないままでは国の将来が危ういと感じます。

コストについての妥当性のある数字が示された上で、原発再稼働についての感情的ではない議論が可能になるでしょう。

それを欠いたまま議論するのは、放射線の健康被害についての、実際の被ばく「量(数字)」についての考慮が行われていない議論と一緒で、感情的で無意味です。