韓国の「親日派清算運動」が永遠に続くと言える理由

ソウル生まれのライターが読み解く
崔 碩栄 プロフィール

除夜の鐘にIZAKAYAに…

1968年の韓国の月刊総合誌『新東亜』3月号に興味深い記事があった。「日帝残滓は清算されたのか?」というテーマで行われた大学教授4名による座談会を記事にしたものである。

彼らは「(日本の)文化的要素は長らく韓国人の思考や行動様式に影響を与えた」と憂慮し、「日本の教育を受けた私たちが早く死んでいなくならなければならない」などという自虐的、また過激な発言までが飛び出していた。それほどまでに「日帝残滓」の清算は韓国人にとって簡単には片づけられない「課題」であったということだ。

 

それでは、この記事が出てから50年が過ぎた現在はどうだろうか?「日帝残滓清算」という運動は数十年間に渡り行われてきたが、今も韓国社会には日本統治期の「遺産」が社会のあちこちに残っており、終戦後時間の経過と共に忘れられかけていたものまで、近年になって復活したりしている。これが終戦後70年以上を経た韓国社会の現在の姿だ。

例えば、大晦日の除夜の鐘は依然として韓国において国民的な行事として、日本よりも盛大に執り行われる一大イベントして定着している。なかでも最も有名なソウル市の鍾路というところで行われる除夜の鐘の行事には毎年10万近くの人が集まり、この行事のために地下鉄が特別延長運行を実施するほどだ。

また、日本の葬式でよく見かける白と黒の縦幕である「鯨幕」は、韓国の歴代大統領らの葬式、追悼式などでもほぼ毎回と言っていいほど登場するし、最近では日本式の花祭壇が広がりを見せている。

花札は全国のコンビニどこでも売られているし、日本のビールと日本酒の消費量は年々伸びる一方だ。

また、韓国は空前の和食ブームで、都会の繁華街ならどこででも「IZAKAYA」と書かれた看板と店名を見つけられる。それに、雰囲気を出そうとしたのかメニューが日本語で書かれている日本料理店も少なくない。

50年のも長い間、無くそう、無くそうと言い続けてきた結果がこれである。もしかして韓国人は「日帝残滓」を嫌っているのではなく、望んでいるのではないだろうか?と疑いたくなってしまうほどだ。