結婚や離婚の取材を長年続けているライターの上條まゆみさん。「子どもがいる」ことで離婚に踏み切れなかったり、つらさを抱えていたりする人の多さに直面し、そこからどうやったら光が見えるのかを探るために、具体的な例をルポしていく。

離婚したい、しようと思いながらも、結局はしない、しなかったという人は多い。子どもがいたり専業主婦だったりすると、なおさらだ。

それでも、決断する人はする。成田史代さん(仮名・53歳)は3年前、10代の子ども2人を連れて、20 年連れ添った夫と別れた。その時点で、史代さんは専業主婦だった。

夫の実家と「主従関係」に

史代さんが結婚したのは29歳、元夫は1つ年上の30歳。史代さんは大学卒業後、金融機関に勤めていたが、海外暮らしの夢が捨てきれず会社を辞めて渡英。1年半ほどして帰国し、就職先を見つけるまでの一時しのぎのつもりで入ったアルバイト先で、社員として勤めていた元夫に出会った。

どちらも東京都心部育ちで、学生時代の遊び場など共通の話題も多いことから意気投合。あっという間に家族に紹介され、本人同士というよりは親のほうが盛り上がり、あれよあれよと話が進み、9か月後にはもう式を挙げていた。

「年齢のこともあり、双方の親が『この子たちはここで片づけちゃおう』と思ったみたいです。元夫の実家はそこそこの資産家だったので、『どうせ貯金ないんでしょ、大丈夫、用意してあげるから』とばかりに、指輪も新居も式場費用も全部もってくれ、私もそれに乗っかってしまいました。いま思えば、そこからが間違いでしたね……」

お金は、それを与える側と与えられる側に主従関係を生み出す。元夫の実家が主で、史代さん夫婦が従。その関係は、結婚してからもずっと続いた。

「あちらは結束の固い家族で、義両親と嫁いだお姉さん家族も一緒に毎週末、元夫の実家に集まり、食事をする習慣だったんです。結婚したてのころはまだアルバイトを続けていたので、一応共働きじゃないですか。週末はたまった家事も片づけたいし、何より夫婦でゆっくりしたい。でも、本当に毎週毎週、土日とも連れて行かれて……」

義家族は悪い人たちではなかったが、やはり気疲れはする。そのうち娘が生まれると、ますます付き合いの密度が増した。

「あちらに行くとみんなが交代で抱っこして、ああだ、こうだとダメ出しの連続。『爪が伸び過ぎだ』『あせもがある、ちゃんと拭いてあげてないんじゃないの』『こんな服着せて……』。私のところに戻ってくるのはおっぱいのときだけで、寝室をお借りして添い寝をしておっぱいをやる、その時間だけが唯一、ホッとできました。だから、下の子が生まれる3歳ごろまでおっぱいはやめられませんでした」

週末以外もプライベートがない

週末だけではない。出産後は仕事を辞め、専業主婦として家にいたから、平日はアポなしで訪ねて来られた。義父名義で買ってもらった新居は、義実家から徒歩圏内で、義姉の子どもが通う小学校の目の前だった。「赤ちゃんが見たい」と学校帰りに甥っ子が寄る、迎えに義姉が来る、そうこうしているうちに義両親もやってくる……。

ワイワイするのは楽しい。楽しいけど、毎日は……Photo by iStock

「気が休まらない、辛いと元夫に訴えても、元夫は義家族には何にも言えない人で、味方になってはくれませんでした。私はどんどん鬱っぽくなっていって、当時は死ぬことばかり考えていました。遺書を書いたこともあります。死ななかったのは、死ねば子どもをあちらに取られてしまう、それだけはいやだ、と思ったからです」

ある週末。その日は史代さんの誕生日で、せめてその日くらいは家族4人で過ごしたいと思った史代さんは、元夫にそう頼んだ。渋々ながらも「いいよ」と答えた元夫は義実家に電話をかけて「今日は行かない」と伝えてくれたが、義母が「あら、せっかくお味噌汁の準備したのに」と言った途端、「おふくろがかわいそうだから、やっぱり行こう」。これで夫婦仲がうまくいくわけがない。