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人間関係「会社だけの人」がこれから生き残れなくなる理由

「職」の切れ目が「縁」の切れ目に

「社会人の孤立化」という大問題

日本では長らく会社がコミュニティの役割を担ってきた。

会社が若者たちに(仕事を通じた)「社会的な承認」を与え、友人関係、恋愛、結婚といった「私的な人間関係」を結ぶ機会さえ提供してきた。

昭和的な会社像の典型といえるのが、手厚い福利厚生制度に支えられた、社宅を中心とする家族ぐるみのコミュニケーションだ。同心円状に同僚、取引先などとの仕事上のつながりが広がり、親しい交友関係へと発展することも珍しくなかった。

平成の時代に入って、このような高度経済成長期に特有のシステムは、一部の例外を除いてことごとく崩れ去った。しかし、わたしたちはそれによって「何を失ったのか」ということについてはあまり深く考えなかった。

1980年代のサラリーマン(Photo by gettyimages)

「入社式の時って、当たり前ですけど、サークルの勧誘ってないですよね。でも、ここが大学と会社におけるコミュニケーションの大きな違いを表していると思います。つまり、大学はまだ人間関係について〝お誂え向き〟のものを用意してくれる可能性があったんです。しかし、社会人になるとそんなものはまったくないので、途端に孤立する人が出てくるんです」

こう語るのは、東京都内で〝大人の部活〟をコンセプトにイベントスペースを運営している、合同会社「オーダーメイド東京」代表、山根義弘さんだ。

運営を始めるきっかけになったのは、就職後に人間関係が希薄になり、息抜きの場がないと嘆く人々の多さにあった。

大学の時は友人と話したり、遊んだりして純粋に楽しめる「自由になれる居場所」があったのに、社会に出ると、仕事の忙しさや家族サービスなどに振り回されてそれまでの人間関係が疎遠になる。「ストレスのはけ口がない」「なんとなく生きづらい」などと話す人が目立つように感じる――山根さんはそう話す。

ここ数十年にわたるコミュニケーション環境の激変は、IT化の進展も相まって、かなり深刻な状況をもたらしている。一言で言えば「社会人の孤立化」だ。

 

近年、一部の企業で社員旅行や社内運動会などの旧来型の慣習が復活しているのは、この「孤立化」という問題がビジネスのさまたげになっていることに経営層が着目したからだ。

有名なのは、2011年に二十数年ぶりに社内運動会を再開したデンソーだろう。企業としての一体感を育むための取組みだが、会場に多数のお店が出展するマルシェを設けるなど、同じ会社の社員同士が家族ぐるみで楽しめるよう配慮している。

これは穿った見方をすれば、会社による一種の「関係性の囲い込み」であり、「再コミュニティ化」と呼ぶべきものである。

ただし、今の時流に沿った就業環境の最適化を含め、このような企業主導の「再コミュニティ化」の動きは局所的なブームにとどまるだろう。そもそも、雇用環境の流動化著しい現代において心理的な安定を得ようとするなら、自らが所属する企業でネットワークを作るだけでは不十分なのだ。