「女子力」という言葉は、どんなふうに私たちを呪縛しているのか

アンケート調査から見えてきたこと
菊地 夏野 プロフィール

重要なのは「努力すること」

さてこれらの結果をどう見るか考えていきましょう。

まず印象的なのは、女子力が、「メイク」「外見に気を使うこと」や「家事」などのいわゆる昔から「女らしさ」に結びつけられていることではないでしょうか。なんだか新しげに言われる「女子力」ですが、案外古い「女らしさ」のことじゃないか、と意外に思う人は多いでしょう。

ですが、それじゃあどうして古くさい「女らしさ」「女性役割」がわざわざ「女子力」という新しい言葉に変わっているのでしょうか。ここが「女子力」流行の面白さです。

自由回答に現れているように、「女子力」という言葉の重点、力点は、そういった「女らしいこと」に向けて「努力すること」にあるのです。人に見えないところで、家事がうまくなるように、また綺麗になるように日々細かく努力すること、それ自体が「女子力」なのです。

だから、女子力は「内面」にあるけれども、その内面性が「家事」や「外見」などの形で結果として表現されるのです。飲み会でサラダの取り分けもせずにぼうっとしていたり、家でだらだらしたりしていると、努力不足とみなされ「女子力」が低いと認識されてしまうのです。

「女子力」と「女らしさ」のニュアンスの違いを考えれば、こうした「女子力」の意味するところが一層際立つと考えられます。

「女らしい」という言葉の意味するものは、もともと、生来的に女性に備わっている「特質」「性質」です。女性なら誰でももっている(と考えられている)それが、たまたま外に現れる時に「女らしい」といわれます。

それに対して「女子力」は日々たゆまず努力する人のみが身につけられるものです。「女子力」は、後天的に獲得されるのです。だから、男性にも使われることがあります。

〔PHOTO〕iStock

調査をしていて面白かったのは、学生たちから聞いた、「セレブ」と女子力の関係です。彼女たちによれば、「ものすごい美人」や「お金持ちの子」などのセレブは女子力を磨く必要はないそうです。

もっと「普通の女の子たち」が、何かの時に肉じゃがなどの手のかかる料理を用意してくること、などが女子力だそうです。セレブではない普通の女の子は地道な努力によって女子力を上げ、男性や周りの評価を得ていくという成功ストーリーがあるようです。

 

新自由主義と「女子力」

ではなぜ「女らしさ」は新たな「女子力」というパッケージにくるまれて私たちの前に現れたのでしょうか。それが、冒頭で触れたジェンダーの変化と関わっていると私は考えています。

21世紀に入る頃から、「女性の(再)チャレンジ」や「女性の活躍」などの言葉がよく聞かれるようになってきました。安倍首相は「ウーマノミクス」を「アベノミクス」の中心的な戦略としていました。「女性」が政治の主要なターゲットとして意識されるようになってきたのです。

ですが「男女平等」や「差別解消」が目指されていると早とちりしてはいけません。政治はそんな甘いものではありません。少子高齢化を救う労働力として女性が期待されている側面が極めて大きいのです。

労働力としての期待ですから、なるべくコストは小さく、安くと政治家や経営陣は考えます。ですがそれをそのまま言うわけにはいきませんので、「活躍」や「参画」という言葉が出てきます。

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