進化は直線ではない。その理由を「低すぎる山」を眺めながら教えます

山はどこから山なのか?
佐倉 統 プロフィール

比喩をもう少し続けると、同じ学校に通って同じ授業を受けていても、算数がおもしろいと思う子もいれば、体育が良いと思う子もいる。同じ体育でも、バスケットボールが大好きになる子もいれば、柔道に燃える子もいる。同じ環境であっても、どこに反応するかは、つまりどの山に登るかは、生徒ごとにさまざまだ。

このようなイメージを図にしたのが、「適応度地形 (fitness landscape)」である。

適応度地形適応度地形の例 Illustration by Randy Olson / Creative Commons

近代集団遺伝学の元祖のひとり、アメリカのスーウォル・ライト(1889-1988)の発案によるものなので、「ライトの適応度地形」とも呼ばれる。1923年、今から100年近く前のことである。

この地形の縦軸というか高さは、生物の適応度を表している。生物の適応進化は、この地形の中をより高い方に進んでいく過程として描くことができる。それぞれの生物種は、自然選択によって上へ上へと押し上げられていく。

これはつまり、生物の進化を、「3次元空間の中を移動する過程」として描く作業である。こうすれば、進化を単純な直線的進歩とみなす誤りに陥ることを避けられる。

いろいろな高さの山が連なっている山地を登るのだから、そもそもどの山に登るかも選択肢がありうるし、同じ山に登るにしても、経路はひとつではなく、たくさんある。また、ある道で途中まで行ったら、そこから先に取りうる選択肢もおのずと限られてくる。「経路依存性」である。すべての哺乳類の四肢の指が5本なのは、御先祖様がそうだったからだ。

さて、上の適応度地形の図には、進化過程の例として、赤、青、緑の3本の線が描かれている。それぞれ、異なる生物種が、異なる環境に適応して進化していく過程に対応している。

青がいちばん高い山のてっぺんにいる。緑と赤は、それより低いところにいる。緑のように、「本当はもっと高い山があるのにそれより低い山のてっぺんにとどまる」ことを、「局所最適」という。狭い範囲で見ればそこがいちばん最適なのだが、もう少し広い範囲で見ればもっと適した条件がある、という状況だ。

この状況のポイントは、緑の種にとっても、今いる場所は決して非適応的ではないということ。緑は青に比べて劣っているとか、青の方が進んでいるなどとは言えない。それぞれの種は、それぞれの環境に適応しているのだ。

もうひとつ、もし緑がもっと適応度の高い場所(たとえば青がいる山の頂上)に進化しようとしたら、今いる山を一度下りないといけないことだ。これは要するに、今より適していない状況を経過しなければいけないことを意味する。

先に書いたように、自然選択は生物をより適応させる、つまり上へ上へと押し上げるようにはたらくから、今の環境より悪いところ(山の裾の方)に生物が進むことは、自然選択だけではほとんど不可能だ。

そのような状況が実現する場合のひとつは、天災や病気といった、外部からの撹乱があった場合である。生物のシステムそのものには、悪い環境の方にあえて進むメカニズムは、内在されていないと見たほうが良いように思う。

このことは、人間の社会の仕組みにも当てはまる。

社会も生物も、環境に適応する能力をもつ複雑系という点では同じ性質をたくさんもっている。生物と社会の振る舞いは、似ているのである。

だから人間の社会でも、ある環境に適応している既存の仕組みが、環境が変わったからといって新しい環境に適応し直していくことは、難しい。今の成功システムを一度壊して、適応度が低い状態を経由しなければならないからだ。企業であれば、利益が上がらない状態を経由するということである。

日本の組織は既得権益を守るモチベーションが強くて、改革が進まないとよく言われる。おそらくその通りなのだろうが、これは複雑系としての社会の特性を考えれば、当たり前のことである。

この状況を変えるにはどうするか。一度悪いところを経由して先に進むという内在的な仕組みがないのだから、外的要因に頼るしかない。

江戸幕府が倒れたのはペリー率いる黒船がやってきたからだった。それがきっかけとなって、明治政府による近代化システムが作られた。それが70年経って経年劣化したときの変革のきっかけは、第二次世界大戦での敗戦だった。それ以後、日本は民主的で安定した社会を作ってきた。

さらにそこから70年。その仕組みも行き詰まってきて、綻びがあちこちに出てきている。今度の外圧は、さて、いったい何なのだろうか。それとも、ぼくたちはうまく外圧を自分たちで作り出すことができるのだろうか。あるいは、低い山にとどまり続けるのだろうか。

なんであれ、絶滅だけは避けたいものだ。

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