台湾と金沢、忘れられた2つの「民衆蜂起」が僕らと「関係ある」理由

隠喩としての「斜面」
水越 伸 プロフィール

再び三次元座標空間を頭に思い浮かべてみよう。

高低差のある現実の事物、たとえば山や城をごく単純化して描いてみる。Z軸上の高い数値を示す位置に山頂や天守閣のポイントがあり、そこから山でいえば裾野、城でいえば城壁が円錐形をなしてXY平面上へと数値を下げつつ拡がっていく。この円錐形のところは斜面である。

XY平面とZ軸上の最高点を往き来するためには、自由な座標空間と違い、現実の社会空間では斜面を利用することになる。山でいえば登山道であり、城でいえば石垣である。石垣は急だが、たとえば僕は子どもの頃、金沢城二の丸の石垣を登り降りして遊んでいた。

人間はZ軸を垂直に登り降りすることはできない(最近の観光化された山や城にはしばしばエレベーターがあるが、それらは後付けの装置なので考えないでおく)。登り降りは斜面によって可能になる。

人間の意志が現れる場としての斜面 

台湾は南回帰線上に位置しているが、標高3000メートル以上の山が286もある。台中の街中ではパパイヤがごく普通に実をつけているのに、そこから直線距離で約50kmの霧社事件が起こった中央山脈ではしばしば雪が降る。

太魯閣霧社の近く、太魯閣。この峡谷を通って軍隊は山に登った Photo by PhotoAC 

この高低差を利用して、台湾中央山脈の複雑に入り組んだ斜面ではさまざまな農産物が育てられている。台湾ではリンゴもナシも採れるし、高冷地野菜であるキャベツやレタスの生産もさかんだ。

お茶がおいしいことも、高低差がもたらす寒暖差によるところが大きい。それらの生産には漢民族も関わっているが、原住民も数多く関わっている。台湾高地の農家は、多様な農産物を斜面で育てて生計を立てているのだ。

斜面は観光も発展させている。今日の台湾社会は原住民や客家の人々の存在をしっかり認め、たとえば彼らのためのケーブルテレビのチャンネルもある。日本にはアイヌ民族のチャンネルはない。少なくともメディアの多様性に関して日本が台湾から学ぶべきことは多い。

そして山岳地に住む原住民らの暮らし、文化は今日、台湾における観光の目玉の一つとなっている。高地に住むマイノリティの暮らしに触れるため、毎日、内外多くの観光客が斜面を登って行く。

原住民の暮らしを見世物にするのかという批判はあるだろう。しかし斜面は農業だけではなく観光でも原住民の経済生活を現実的に支えているのだ。

社会学者、ゲオルグ・ジンメルは20世紀初頭の「橋と扉」というエッセイのなかで次のように語る。

橋は、空間的な距離を乗り超えようとする人間の意志の現れである。扉は、人間の空間とその外部の間に関節を取り付け、内部と外部の分断を解消する。斜面は、橋や扉と違って自然の地形だが、そこは野菜や果物の農地や、景観を楽しむ観光地として人々が開拓しうる空間である。

つまりジンメルがいう人間の意志が現れる場として、斜面には可能性がある。

ジンメルゲオルグ・ジンメル Photo by Kodansha Photo Archives

神社仏閣や記念碑だらけの山

卯辰山に戻ってみよう。

標高3000メートル超級の台湾中央山脈と140メートルの卯辰山を較べるのは滑稽かもしれないが、かつて通学のために登り降りした「元住民」の一人としての経験からすると、金沢城に面した卯辰山の西側斜面は、じつはかなり急峻だ。そしてその斜面にはおびただしい数の神社仏閣や記念碑がある。

なぜだろうか。