見送ることができた奇跡

その日のことはいまも鮮明に覚えています。5月9日は父と母の結婚記念日でしたから、母は結婚式の写真を病院に持っていき、「見てみて、昔は彼もハンサムだったのよ。いまは痩せちゃったけど」と、看護師さんに見せてまわっていたそうです。実に母らしい行動……。

中村ファミリーの写真。本当に仲の良い夫婦、仲の良い家族だという 写真提供/中村江里子

その日の看病の当番は妹でした。妹は午前中から病院に行っていましたが、わたしは、祖母と彼とともに自宅にいました。父の危篤を知らせる電話が鳴ったのは、午前中、ちょうど長女をお風呂に入れていたときです。

あわてて娘を着替えさせ、車を出したのですが、そんなときに限って青山通りが渋滞しています。あとになって冷静に考えてみると、それほどの渋滞ではなかったのかもしれません。でもあのときのわたしには青山通りの渋滞が永遠に続くように思えました。

どうして今日、朝から病院に行かなかったのだろう? なんで、こんな時間に娘をお風呂に入れていたのだろう? 後悔ばかり襲ってきて涙が止まりません。

わたしの動揺が伝わるのか、娘もパニックになって泣いてしまうし、祖母は「大丈夫だから」となだめてくれ、心配した彼も運転を代わろうと申し出てくれたのですが、日本で車を運転したことがない彼に任せるわけにもいかず……。ただ、ただ、涙があふれてきました。

病院に到着し、あわてて病室に駆け上がって行くと、父はがんばって待ってくれていました。そして、家族全員が見守るなか、静かに息を引き取ったのです。同じ東京に住んでいても、家族の死に立ち会えないことが多い現代の世の中で、遠く海外に住んでいるわたしや彼、そして、娘も含めた家族全員が揃えたことは神様に感謝すべき奇跡のようなこと。きっと父も喜んでくれていると思います。

きっと見守ってくれていた

その後『オーラの泉』というテレビ番組に出演させていただいたとき、江原啓之さんが、「それは、家族みんなに看取られたいというお父さまの最後のわがままだったんですよ」とおっしゃいました。そうかもしれません。やさしく、家族思いの父のこと。きっと、誰かが間に合わずに悲しい思いをしないようにと、がんばってくれたんだろうと思います。

わたしの父は、そんな人でした。寡黙で、感情表現は苦手だけれど、いつも家族のことを思ってくれていた、そんな父の愛情を改めて感じ、もっともっと父が大好きになりました。

ほかにも不思議な指摘を受けたことがあります。

霊的な力をもつという方とお会いしたときに、父が亡くなった日のことをお話ししたのですが、その方が、
「あら。江里子さん、病院に向かうときに道路が渋滞していたんですね」
と、おっしゃるのです。

その方とは初対面でしたし、車を運転していた話はしたけれど、渋滞の話まではしていません。不思議に思って、
「なぜわかるんですか」

と聞くと、わたしが泣きながら運転している最中、父は一瞬、病院から抜け出して、わたしのそばに居たというんです。

「お父さまは、江里子さんの隣で、一生懸命、『そんなにあせらなくても大丈夫だから。僕はちゃんと待っているから、安全運転、安全運転』と言っていたのに、声が届かなかったとおっしゃっています」

確証があるわけではないし、スピリチュアルなことを信じる、信じないというのは人それぞれです。でも、わたしはそのとき、父がそばにいてくれたのだと信じています。

小さいころから四世代が一つ屋根の下で暮らしていたという中村江里子さん。お母様やおばあ様の証言や秘蔵写真とともに、現在の中村さんらしくある理由がわかる、愛にあふれた一冊。

中村江里子さんが年に2回のペースで刊行しているムック。『Saison d'Eriko Vol.10』では、50歳になったばかりの江里子さんが大好きなカフェの中からパリを中心に「大人が楽しめるカフェ」を大特集している。