普通の妊婦検診が「出生前診断」になっている

宮田さんは言う。
「今の超音波検査は医師の技術、機械の性能がとても高くなって、普通の妊婦健診が『出生前診断』になってしまいました。技術が進歩した分、その場で突然、重大な病気を知らされる妊婦さんが増えているのです。それは、もう、突然崖に落ちてしまったようなものです」

今、胎児の病気を調べる検査としては、ダウン症や13トリソミー、18トリソミーといった染色体異常の可能性を調べる「新型出生前診断」が盛んに報じられ「命の選別ではないか」という議論が続いている。しかし現場では、それも特に大学病院など検査技術の高い病院では、この3つの病気はたくさんの先天性疾患の一部にすぎないのが現実だ。

ダウン症の発生率は約1,000人に1人だが、何らかの疾患を持って生まれてくる子は、全出生の3~5%と言われている。

「早期に見つかり、赤ちゃんをあきらめるかどうか苦渋の決断になる病気もいろいろありますが、中期以降にわかる病気もあり、病気の種類は実にさまざまです。そして、中には治療ができる病気もあります。特にここは先天性心疾患の治療をする大学病院なので、心臓病のような子どもの命に係わる病気は妊娠中に検査し、生まれてから慌てるような事態は避けることが普通になってきています。

ただ、そうやって技術だけを追求していては、お母さんたちの気持ちが追いつかないですよね?」

産科学の進歩とひきかえにできてしまった母親の精神的な衝撃は、PTSDや複雑性悲嘆を専門としてきた宮田さんにとってさえ、十分に「私の領域だ」と思わせるほど深刻なものと映ったのだ。

宮田郁さんのような精神看護専門看護師は全国に約300人。まだ数は少なく、多くの場合精神科やがん治療に関わり、母親をケアしている例はまれだ 撮影/河合蘭

受け容れではなく「受け止め」くらいで十分

喪失を体験した場合、人の心は一定のプロセスをたどりながら少しずつ受容に向かうという説がある。宮田さんも、病気の告知を受けてから、妊婦さんたちはいろいろな段階を経て心の状態が変わっていくという。

「最初は皆さん呆然としていらして、涙を流すことすらできない状況の方も多いです。心理学では、それは心が一時的に働きをストップし、壊れないように防衛しているのだと考えられています。中には、けらけらと笑っている方もいらっしゃるのですが、それも防衛反応で、あとからお聞きすると『何も記憶がない』とおっしゃることが多いです」

宮田さんの最初の役割は、バッグの置き場を教える言葉かけひとつにも温かいものが伝わる話し方を心がけ、「ここはあなたの役に立ちたい人間がいるところだから安心してもいい」と伝えること。手が震えたり、呼吸がつらくなったりした人にはベッドを準備する。

衝撃を受けた人の心は、そこから「間違いではないか」という「否認」が起きたり、なぜ私がこんな目にあったのかと理由を探したり、時には誰かのせいだと怒りを感じたりしながら、少しずつ「受容」に向かうとされている。でも、宮田さんによれば、現実には一律のコースを皆がたどるわけではないし、行ったり来たりすることが多いそうだ。

「そして、最後の『受容』ですが、私は、これは完全にできるような完璧な人はいないのではないかと思います。だからいつも『受け容れではなくて、受け止めくらいまで行けたら万々歳だよね』と心の中で思っているんです。そのあたりを目指して、ゆっくり、お母さんと一緒に歩いて行きましょう、と」

大切なのは「妊婦を孤独にしないこと」

宮田さんにとってゴールは産むか産まないかの決断ではないし、出産でもない。宮田さんは、胎児疾患の診断を受けた母親には「いつでもつらくなったら連絡してきて。私はママがもう自分ひとりで走れると思える日まで、ずっと横で一緒に走っているよ」と告げている。大学病院には胎児疾患の疑いのある人が集まるので、宮田さんは今、年間50~100人くらいの母親と新たにつながり、そうして始まったおつき合いは出産もしくは人工妊娠中絶のあとまで続いて、長いものになることも多い。

「関係が壊れてしまうご家族も見てきましたから、病気があっても産んだ方がいいとか、いや産まない方がいいんだとか、そういうことは言えません。私たちも、赤ちゃんに病気が見つかった時にどうすべきだという答えを持ち合わせているわけではないんです。ただ、せめて家族と同じ気持ちを感じながら医療を進めていかければならないと思っています」

そう言う宮田さんの決心は、ただ、ひとつ――それは「妊婦さんを孤独にしない」ということだ。

宮田さんのような、いつもそばにいてくれる人がいる病院が、これから少しでも増えていってほしい。それは、これからますます技術が高度化する時代にあって、妊娠しようとする人たちに勇気をくれるはずだ。

3歳になった最近の愛茉ちゃんと高城さん一家。病院で号泣し、宮田さんに会った夜から、4年になる 写真提供/高城美幸