築土神社所蔵の平将門像〔PHOTO〕wikimedia commons

平将門はなぜ日本史の中で「特異な存在」に見えるのか

「自分の王国」を作ろうとした男

平将門と平清盛の距離感

平将門はずいぶん古い時代の人である。

とても古い。それをあまりきちんと把握できていない。

刺激的な新書『平将門と天慶の乱』(乃至政彦 講談社現代新書)を読んで、つくづくそうおもっている。

それはおそらく「平安時代」の長さを身体的に捉えられてないからだろう。

具体的に言ってみれば、「平将門と平清盛の距離感」がわかってないのだ。

同じ平氏で、どっちも平安時代の人だから、なんか頭の中で何となく似通ったグループに入れてしまっている。

でもこの二人はかなり離れている。

平将門は10世紀前半の人である。だいたい900年から910年くらいの生まれ。

平清盛は12世紀後半の人だ。1118年の生まれ。

200歳ちょっとの差である。

200歳の年齢差というのは実感しにくい。

いまの人でいえば、トランプ大統領は1946年生まれだけど、歴代大統領をさかのぼっていけば初代大統領ワシントンが1732年生まれで、年齢差が214歳だ。

1954年生まれの安倍晋三首相と比べるなら、そうですねえ、寛政の改革の松平定信が1759年生まれなので195歳差、それぐらいになってしまいます。

清盛から見た「将門さん」は、トランプからみたワシントン、安倍晋三から見た松平定信くらいの距離があったということになる。これでもまだ、遠いという感じしかわからない(平清盛は、将門を倒した従兄弟の平貞盛の直系子孫である)。

 

平安時代に珍しい「肉感的な男」

平安時代をざっくり4つに分けると、将門は2つめの時代の前のほう、清盛は4つめの最後ということになる(図版にしてみました)。

将門は、武士の鎌倉時代よりも、大仏の奈良時代のほうに近い人なのだ。

平安時代の有名人を思い浮かべると、時代が長いわりにさほど浮かんでこない。歴代天皇と摂関家を除いたら、菅原道真、清少納言と紫式部、あとは平清盛に源頼朝あたりになってしまう。天皇とその周辺だけで世界がまわっていたかのようだ。(それ以外の記録が少ないということだろうけど)これぐらいの知識では具体的な世界がなかなか想像できない。

そのなかで、あらためて平将門はきわめて肉感的な人物である。言ってしまえば、物語で語られる人物だということでもある。

それは『平家物語』で語られる人物と同じヴィヴィッドさがある。だから、平将門と平清盛を同じように捉えてしまうのだろう。

もう一度確認しておくけれど、平将門は、菅原道真のすぐあとの時代の人である。彼が死んでからずいぶん経って、「藤原道長、清少納言、紫式部」の時代が来る。光源氏からコメントを取れたとしても「将門って、けっこう昔の人ですよねえ」としか言われないとおもわれる。何のコメントかわからないけど。