衝撃…!中国の辞書と音楽から突然「自由」の二文字が消えた

天安門事件への恐れか?
古畑 康雄 プロフィール

「影響力広がりを警戒」と知人

だが李志をよく知る関係者によると、彼はここ数年、政治的な内容の歌などは避けていたという。

長年、李志のコンサートでステージ照明を手がけてきた早川綾子さんは、「ここ数年(李志は)直接的な中国でのNGワードを行ったり客を煽ったりする事もなく、”自由”を強調したりということもほとんどありません。必要な手続きも誰よりも真面目にやっていますが、それ以前はかなり際どいことを言ったり歌ったりしていたのは事実です。当時はほぼ知名度がなかったので目を付けられなかったが、知名度が上がるにつれそれが目にとまったというのはあると思います」と語っている。

むしろ彼が全国各地でコンサートを開き、若者に大きな影響力を与えつつあったことが当局による規制を受けた原因ではないかとして、

「今まで一度もライブを行ったことがない場所に若者を集め、李志側もその土地の歴史文化を紹介し、色んな人を巻き込んで、単なるライブツアーという意味を超え、彼の行動を支持する若者が熱い思いで集まりました。日本から見れば国がやるべき地方の街おこしをし、彼が自ら赤字で行なって来た偉大なことですが、こちらではその行動が良い悪いかは関係なく、国以外の人が影響力を持つ事を嫌うので、その勢いと影響力に目をつけられたという事もあると思います」

と指摘している。

李が反体制というよりは、むしろ中国社会を良くしたいという思いが現れているのが、今回の事件後、ユーチューブに公開された李志のコンサートでのMCの動画だ。彼はこのようにファンに向かって呼び掛けている。

 

「この国が良くなってほしい」がダメか?

「自分がなぜこんなに一所懸命ライブ活動をやっているのか? 元々お金などどうでもいいと思っている。私が望むのは、私達の後の世代、若者が文明的な世界で暮らせること、青い空と緑の水を見ることができ、新鮮な空気を吸うことができること、そして自由で民主的な世界で暮らすことができることだ。」

「人生の意義とは何だろうか。栄華や出世のためか。違う。私は君たちに自分の考えを理解してほしいと思っている。つまり君たちとともに、この世界、この国、この民族が礼節をわきまえ、素養があるようにと願っている。」

「君たちは私同様、社会で最も下層の人民だ。だが自分を軽蔑してはいけない。もし赤信号を無理に渡ったり、道でつばを吐いたりゴミを捨てたり、公共の場で汚い言葉を言ったり、そういうことをしなければ、それはとても良いことだ。自分がこの世界を変えてみせるとか、とてもかっこいい文化を創造するとか、大発明をするとか、そんな大きな責任を負う必要はない。我々は普通の人間だ。少しずつ自分を良くしていけばいいのだ。」

このような後々の世代のためにも、自分たちの社会を少しずつ良くしていこうという、ごく当たり前な呼び掛けをするミュージシャンすら、影響力が広がることを恐れて危険視し、「行為不端」という全く理由にもならない濡れ衣を着せて、発表の場を奪おうとするのが今の中国の政治、社会状況なのだろう。

微博には、コンサートの中止を受け、売り出された1万8000枚のチケットに対し、払い戻されたのはわずか300枚で、ファンが「李さん、お金を取っておいてください。今回は見られなかったが、次は必ず行くから」と語ったとして、「自分は李志のファンではないが、本当に感動した」との書き込みがあったという。

デジタル・エコノミーで14億の人民を囲い込み、上からの利便さを提供する一方で、人々を高度に監視し表現の自由を奪っていく。人々が当たり前のように自由を歌うことができる社会がいつかあの国には訪れるのだろうか。ここまで書いて、ふと中国ロックにも大きな影響を与えたボブ・ディランの名曲の一節を思い出した。

How many years can some people exist
Before they're allowed to be free?
How many times can a man turn his head,
And pretend that he just doesn't see?
The answer, my friend, is blowin' in the wind
The answer is blowin' in the wind
(ある人々が自由を許されるまで  
あと何年かかるのだろうか?
人々はあと何回顔を背け
見なかったふりをするのだろうか
友よ、その答えは風に吹かれている
答えは風に吹かれているのだ)

(本文は筆者の個人的見解であり、所属組織を代表するものではない)