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衝撃…!中国の辞書と音楽から突然「自由」の二文字が消えた

天安門事件への恐れか?

ガラパゴス的発展のデジタル社会

3月末、香港や広州、深圳を旅行した。スマホに香港の通話用SIMカードを入れておいたが、結局、一度も使うことなく、微信ですべて事足りた。

友人と待ち合わせの連絡など、通信機能だけでなく、コンビニや街中の食堂、タクシーに乗った時の支払いもすべて微信だった。全部で1000元近くは使ったが、友人に頼まれて書いた文章の謝礼を微信で受け取っていたので、チャージすることなく支払いができた。

本来、中国の銀行口座や携帯番号がないと、この微信支付(ウィーチャットペイ)機能が使えないのだが、日本のクレジットカードとリンクすることで、利用できる(時々できなくなるという話もある)。

もちろんセキュリティー上の心配はあり、今のところ勝手にお金が引き出されたといった問題は起きていないが、リスクを承知して自己責任で使うしかない。しかし微信1つで何でもできる利便性は確かに大きい。

だが、こうした便利さは、プライバシーと引き換えになっている。中国ではご存知の通り、グーグル(検索やGメール、ユーチューブ、地図などすべて)、フェイスブック、LINEなどが規制されている。

ネット規制回避のVPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)はもちろん使っているが、スピードが遅く、結局あまり使わなかった。

微信や微博などのスマホ向けアプリは、中国当局による規制の下でガラパゴス的に発展したが、中国の友人によれば、自分たちは「透明」、つまりすべての行動が管理者から丸見えになっており、何を話したか、どこで何を買ったかなど、すべて当局に筒抜けになることを常に心配しているという。

ここでガラパゴス的と言ったのは、中国のデジタル社会は確かに規模は大きいが、プライバシーの欠如や当局による監視がセットになっており、西側国家が導入するのはあまりにリスクが大きい、ということだ。

こうした中で、自由にものが言えない状況が広がりつつあり「自由」という言葉自体、禁止ワードになりつつある。

 

「自由」はだめだが「自慰」はOK?

その一例が、中国の辞書から「自由」が消えたとされる問題だ。新京報(4月20日)によると、「新編学生字典」(人民教育出版社)の「自」の用例から、「自由」が消えたという。

辞書を見た保護者からは「自由」「自覚」などの言葉がないのに、性的な「自慰」があるのは、子供向けの字典として不適切との声があったという。

ラジオ・フリー・アジア(4月12日)は貴州大学の元経済学部教授の話として、「編集者が『自由』を入れ忘れた可能性があるが、当局が入れないよう、要求した可能性がある」と伝えた。この学者は「彼ら(当局)は自由を恐れており、人々や学生が自由の意味を知るのを恐れている」と指摘した。

ラジオ・フリー・アジアによれば、同じ出版社の「新華字典」の2013年版からも「自由」の字句が消えたという。

流行音楽の世界でも「自由」は語ることができない言葉になっているようだ。中国ロックの元祖、崔健(ツイジェン)の「一無所有」(イーウースオヨウ、何も無い)という曲が天安門事件(1989年)の学生らの愛唱歌になったように、中国ではロックと政治は切り離せない関係にある。崔健はその後、10年もの間大規模なコンサートが開けないなどの規制を受けた。

中国ロックでもかつては「自由」はテーマだった。

1990年代末に活躍したロックバンド、「鮑家街(バオチャージエ)43号」に「小鳥」という名曲がある。「人生は檻のようなもの、自分は希望を抱き、檻の中から飛び立とうとする小鳥なのだ」という内容で、「俺達に自由の歌をうたわせてくれ。俺たちに鳥のように空を飛翔させてくれ。なぜなら俺たちは生まれつき自由なのだから」とシャウトする、中国ロック史に残る作品だ。

映像有り:youtubeより