photo by iStock

いま、再び忍び寄る「日本でエボラウイルス大流行の危機」

東京五輪前に知っておくべきこと

何も終わっちゃいなかった

リチャード・プレストンによるノンフィクション「ホット・ゾーン」(1994年出版)と、それをモチーフにしたとされるウォルフガング・ペーターゼン監督の映画「アウトブレイク」(1995年公開)。

いずれも大元は1976年にスーダン(現・南スーダン)で発見されて以降、アフリカでたびたび猛威をふるい、別名「殺人ウイルス」とまで呼ばれるエボラウイルスによる「エボラ出血熱」だ。

photo by iStock

エボラウイルス及びエボラ出血熱は、この感染症の最初の発症者がアフリカ中央部を流れるエボラ川流域の出身だったとされることがその名前の由来だ。エボラ出血熱は最近では2014~16年にかけて西アフリカで大流行し、終息までに約1万3000人もの人命が奪われた。

このエボラウイルスが今、アフリカ大陸の中央に位置し、アフリカ大陸で2番目、世界で11番目の面積を持つコンゴ民主共和国(元ベルギー領コンゴ、略称・DRC、一時期の国名はザイール)において、史上2番目の規模で大流行している。

その距離の遠さから多くの日本人は「対岸の火事」と思っているだろうが、実はいつ日本に流入してきてもおかしくないのだ。

 

再びエボラ流行中

エボラ出血熱に感染すると、発熱とともに口、歯ぐき、鼻、皮膚、消化管などから次々と出血などを起こし、最悪は死に至る。「出血熱」という恐ろしい名称の症状そのものだ。

注目すべきはその高い死亡率だ。過去、100人以上の感染者が発生した流行例での死亡率は、39~89%と幅はあるが、概ね“感染者の2人に1人は死に至る”と考えて良い。
 
今回のコンゴ民主共和国でのエボラ流行の始まりは2018年5月。同国北西に位置する赤道州(西隣の元フランス領コンゴ共和国との国境に接する)で始まり、6月末までに疑いも含め54人が感染、うち33人が死亡した。ただ、その後は新規感染者が発生しなかったことから、7月24日にコンゴ政府は終息宣言を発表した。

ところがそれからわずか1週間後、赤道州から約1300kmも離れた同国東部の北キブ州(東隣のウガンダ、ルワンダとの国境に接する)で新たな感染者が発生した。

そののち感染が拡大し、今年5月1日までに確認された感染者は疑いも含め1510人、そして同月3日にコンゴ民主共和国保健省は死者が1008人にも達したと発表した。国境地帯であることから、隣国への感染拡大も十分に考えられ、未だ収束の目処は立っていない。

治療薬・ワクチンも実用化の可能性。だが…

発見から半世紀近く、ほとんど打つ手なしだったエボラウイルスだが、実は2014~16年の西アフリカでの大流行を契機に、ようやくワクチンや治療薬の研究が進展し始めた。

その1つは日本の富士フィルム富山化学が開発したアビガン錠だ。もともとは抗インフルエンザ薬として開発されたが、動物実験でエボラウイルスへの効果があることが判明。西アフリカでの大流行時には、現地で救援活動中にエボラウイルスに感染したフランス人看護師の治療に緊急提供され、看護師は無事回復した。

その後、フランス政府と流行地のギニア政府が感染者に対する臨床試験を実施。この結果、感染者の中でも血液中のウイルス量が少なかった患者では、死亡率の減少傾向が認められている。ただし一般的な新薬の臨床試験のような厳格な比較は行えなかったため、現時点では“有望視”という範囲にとどまっている。

もう一つ、実用化に近づきつつあるのが、米製薬大手メルクが開発し、現在、臨床試験中のエボラウイルスワクチン「rVSV-ZEBOV」だ。臨床試験の途中経過では、ワクチン接種者は接種2年後でも血中でエボラウイルスに対する抗体が維持されていることが確認されている。

これは現在、コンゴ民主共和国で応急的な接種が行われている。当初、患者に接触する医療従事者への接種が優先だったが、その後一般の住民にも接種が行われ、現在、約11万人が接種を終えている。