陸上・桐生祥秀選手に日本記録を実現させた「鍼灸」のスゴい力

もはや伝統医療は非科学的ではない
木原 洋美 プロフィール

全身を診て、全人的に治す

アスリートのコンディションを整える鍼灸とはいかなるものなのか、後藤トレーナーがかつて学び、卒業した、中和医療専門学校(愛知県・稲沢市)で鍼灸あん摩マッサージを教えている伊藤奨(いとう・すすむ)先生に聞いた。ちなみに伊藤先生もボランティアで、トレーナー活動を行っている。

「短距離走で多いケガは、ハムストリングス(太ももの裏の筋肉)の肉離れですね。高速で走る際、強い負荷がかかりやすいからです。

肉離れになると、負傷した筋肉はもちろん、周辺の筋肉や臀部、腰部の筋肉など、全身の筋肉に強い緊張が生じ、痛みを引き起こします。この痛みは損傷部位に血流不足を生じさせ、回復を遅れさせる原因にもなります。

そこで鍼灸・マッサージでは周辺の緊張を一早く緩ませ、痛みを抑え、損傷した筋線維の回復を促すケアを行います」(伊藤先生)

伊藤奨先生/撮影 永田忠彦

鍼やお灸の刺激が、局所の血流を改善させ、筋肉の緊張を緩めることで、ケガや疲労の回復を促すことは、科学的にも解明され、近頃だいぶ知られるようになってきた。

西洋医学における肉離れの治療は、受傷直後のアイシングと、損傷部位を伸縮包帯で圧迫しての安静。3-5日で痛みが軽減してきたらストレッチングを開始し、徐々に運動再開……といった流れになるが、そこに鍼灸ケアを併用すると回復スピードを加速させることができるのである。

 

また、肉離れ、捻挫、疲労骨折といった、アスリートにありがちなケガは再発しやすいため、復帰後の予防ケアが非常に重要になるのだが、“故障しそうなサイン”を察知し、筋肉の疲労を和らげて、ケガを予防するケアは、東洋医学の得意分野だ。伊藤先生も次のように語る。

「(トレーナーとして)継続的にケアを行っていると、その選手の筋肉の緊張状態・弾力性、関節の硬さなどが把握できるようになります。いつもより緊張が強いだとか、普段緊張が強くない筋肉に緊張がみられているとかの違和感を、マッサージを通して感じとることができるのです。

違和感があるのが仮に太もも裏だった場合には、臀部や腰部などの筋に対してアプローチします。深層の筋肉が原因と判断した場合には鍼施術を、冷えが原因であれば灸施術を、浅層や広範囲であればマッサージを主体に行います」

近年、西洋医学において、ケガや病気が治っても消えない慢性痛の原因として、「深層の筋肉に生じる強いコリ」がトリガーポイント(発痛点)と呼ばれ、注目されているが、鍼灸では古くから、身体の奥深くにある筋肉のコリはもとより、ハリ、血流、循環不全など全身に対するアプローチが行われてきた。

患部だけでなく、全身を診て、全人的に治す。かつ、「未病」の段階から介入する。これらはいずれも、西洋医学ではカバーしきれなかった領域だ。

人生100年時代を迎える日本。ケガや病気をしたときだけでなく、日常的な予防から寄り添い、伴走してくれる鍼灸のニーズは、今後ますます高まっていくに違いない。