陸上・桐生祥秀選手に日本記録を実現させた「鍼灸」のスゴい力

もはや伝統医療は非科学的ではない
木原 洋美 プロフィール

心身ともに最高の状態にする鍼灸

桐生選手が日本中から注目されるようになったのは京都・洛南高校3年生だった2013年4月。当時の日本歴代2位となる10秒01で走り、「9秒台目前か」と大騒ぎになった。

だが、そこから先は長かった。9秒台まであと0.01秒に迫りながらも“足が届かなかった”、その一因は故障の多さかもしれない。

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滋賀・彦根南中時代に陸上を始め、中学3年の時には全日本中学選手権200メートルで2位に入る好成績を上げたものの、当時から「腰痛や左ハムストリングスの肉離れに悩まされていた」ようだ。また高校2年生の6月には、インターハイ近畿大会に出場したものの大会後に腰を痛め、2ヶ月間はほとんど練習できないまま過ごしている。(『月刊陸上競技』12年11月号)
14年6月には日本選手権に出場し、100mを10秒22で制し初優勝したが、大会後の精密検査で、右足裏に疲労性の炎症が見つかり、日本学生個人選手権と布勢スプリントを欠場。(スポニチ Sponichi Annex 2014年7月28日)
同年9月には、第83回日本インカレの200mに出場して優勝したが、後日の精密検査で「左大腿二頭筋肉離れ」全治2ヶ月の診断が下され、9-10月開催のアジア大会は辞退。(日刊スポーツ 2014年9月10日)
15年5月には、練習中に右太もも裏の肉離れを起こし、6月13日のダイヤモンドリーグ・ニューヨーク大会と6月下旬の日本選手権を欠場。(日刊スポーツ 2015年6月4日)
16年の日本選手権100m決勝では、2大会ぶりの優勝を狙うも、レース中に右足にけいれんを起こした影響で3位に終わった。(スポニチ Sponichi Annex 2016年6月26日)
 

これらはマスコミ報道の一部だ。こうした故障やアクシデントの陰には、桐生選手の“天才ならでは”の素質があるようだ。

「桐生くんは、とてつもなく練習に強いんです。周りがパタパタ倒れてしまうような厳しいトレーニングでも、一人だけ平気でいます。体力も回復能力も人一倍高い。すごいんですけど、でも自分で思っている以上に自分を追い込み過ぎると、ケガをしてしまう。人は、自分の防衛能力を超えるだけの負荷が身体にかかった時にケガをする」(後藤トレーナー)

ならば、ほどほどで留めておけば、故障も起きないのだろうが、そうはいかない。

「アスリートは、自分をぎりぎりまで追い込まなければ強くならない。強い選手になればなるほど追い込める。リミッターを切って練習できる分強いんですよ。僕は、鍼灸とマッサージ師の資格を持っているので、ケアにも取り入れています。マッサージ、鍼は週一回の定期ケアに必ず取り入れ、試合や合宿の長期間の帯同時は身体の状態を診て、必要な時にやっています」(後藤トレーナー)

具体的には、どのようなケアをしているのだろうか。

「ケガの予防には、ぎりぎりまで追い込んだ時に、しっかりと疲労を回復させコンディションを整えてあげることが大事です。それには鍼が有効です。また、治りにくいと言われるスポーツ障害にも効果が期待できます。桐生選手が肉離れをした時は、後遺症を残さずに早く回復させることができました。

あとは見極めです。一口に疲労と言っても、これ以上やったらケガに通じるものと、多少無理して走ってもいいものとがあります。そのへんを見極めながら、疲労から回復させて、フレッシュな状態をつくってあげることを、僕は何よりも大切にしてきました」(後藤トレーナー)

9.98をマークする直前、桐生選手は「脚が(疲れて)パンパンです。大丈夫でしょうか」と相談してきたという。脚に触れて、まだ余力があると判断した後藤さんは、「まだ行けると思うぞ」。不安を払拭した桐生選手は自信をもってレースに臨み、大記録を樹立した。

「選手がスタートラインに立った時に、ここ痛いなとか、調子悪いなとか、なんかちょっと不安だなとか、そういうものが少しでもない状態で立たせるために、僕は常に、あらゆる努力をしています」(後藤トレーナー)