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陸上・桐生祥秀選手に日本記録を実現させた「鍼灸」のスゴい力

もはや伝統医療は非科学的ではない

日本人初の「9秒台」を支えた鍼灸トレーナー

代替医療あるいは補完医療と呼ばれ、西洋医学のサブ的な位置づけに甘んじてきた鍼灸だが、無作為的比較試験(RCT)によるエビデンス(科学的根拠)の積み上げが進み、さまざまな疾患、症候群、不定愁訴に対する有効な治療法としての評価が高まっている。

2018年に公表された国際疾病分類 (疾病及び関連保健問題の国際統計分類; International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems (ICD))の第11回改訂版 (ICD-11)では「第26章 伝統医学の病態-モジュールI」として漢方や鍼灸、柔道整復などの伝統医療が新設され、適応する病名と患者の体質を示す「証(しょう)」と診断ルールなど、およそ300項目の記載が決定した。

西洋医療ばかりが重んじられてきた医療の世界に、大きな変革の波が押し寄せている。鍼灸はもはや、“エビデンスに欠ける非科学的な治療法”ではなくなりつつある。

 

こうした変革を先取りしているのが、2020年東京オリンピックを1年後に控えたアスリートの世界だ。

2017年9月9日、福井市で行われた日本学生陸上競技対校選手権・男子100メートル決勝。日本人初の9秒台(9秒98)で優勝した桐生祥秀選手が駆け寄って抱き合い、喜びを分かち合った相手は専属トレーナーの後藤勤(ごとう・つとむ)さんだった。後藤トレーナーは、愛知県にある「針院さとうTSSケアルーム岡崎」の院長。その様子からは、桐生選手にとって、後藤トレーナーがいかに大切な存在かがストレートに伝わってきた。

後藤トレーナーは、日本を代表するアスレティックトレーナーの一人であり、鍼灸あん摩マッサージ師の資格を有している。2005年の世界陸上を皮切りに日本代表チームのトレーナーを歴任し、ロンドンオリンピックでは日本代表トレーナーを務めた。

後藤勤トレーナー/撮影 永田忠彦

「桐生選手のトレーナーになってほしい」という依頼があったのは2013年秋。当時の後藤さんは「トレーナーとしてオリンピックに帯同したい」という長年の夢を2012年のロンドンオリンピックで果たし、一線から退くことを考えていたという。

「院長を務める『針院さとうTSSケアルーム岡崎』を拡充し、これからは地元の皆さんの健康増進に取り組もう、家族と過ごす時間も増やしたいと考えていた矢先でした。東洋大学陸上部の土江寛裕(つちえ・ひろやす)コーチから、『桐生選手の東洋大学進学が内定した。専属トレーナーをして欲しい』と依頼を受けたのです。寝耳に水で驚きましたが、これも人生と、喜んで引き受けました」(後藤トレーナー)