「2権分立」という観点から考えてみる、日本という国の継続性

伝統でもあり先端でもあるのでは
大原 浩 プロフィール

2権分立は、このような性悪説による相互監視システムではない。典型的なものは日本国憲法における象徴天皇制であるが、天皇陛下(帝=みかど)と征夷大将軍というシステムも2権分立である。

鎌倉幕府以前にはっきりとした2権分立が行われていた形跡は見つからないが(平家は微妙である……)、貴族社会の「執行役員」であった武士たちが台頭した時に、自らの実務的権力(執行権=武力)は手中にしながら帝を中心とする公家社会を温存したことによって、日本型「2権分立システム」が誕生したと言ってよいだろう。

もちろん、フランス国民がルイ16世を斬首したように、武士たちが帝を処刑することも可能であったかもしれない。むしろ、非武装の公家たちを武装集団の武士たちが襲うことなどたやすいことであっただろう。

しかし、日本国民(武士)達は、暴力で国を支配するのではなく「権威」という目に見えないもので平和的に国を治める道を選んだのである。

その後、戦国時代などを経て徳川家康が天下を統一したが、彼もまた征夷大将軍となることを選んだ。当時の家康であれば、武力で朝廷をひねりつぶすことなど簡単であったはずだが、あえてそうしなかった。

日本の敗戦後来日したマッカーサーと同じように、「日本人を武力で制圧することは簡単では無い。天皇陛下(朝廷)という綿々と続く権威を活用する方が合理的だ」と判断したに違いない。

 

タイと英国

さて、この2権分立という考え方は、日本独特なものなのだろうか? 諸外国の政治制度すべてに詳しくないので、断定はできないが、鎌倉時代から数えても約800年間、このような制度を維持している国は無いと思う。そもそも、1つの国(王朝)の寿命はせいぜい200~300年である。

タイの王室が国民から敬愛され、政治とは一線を画していることは有名だが、この王室への尊敬の念は、2016年に亡くなったプミポン国王の人がらによるところが大きいので、今後どうなるかは不明である。

実際、今年の2月に現国王(ワチラロンコン)の姉(ウボンラット王女)がタクシン派から首相候補として出馬すると発表して騒ぎになった。結局、憲法裁判所が「ウボンラット王女」の出馬は政治的中立性を犯すと判断している。

また、英国の王室は比較的近年まで国政の実権を握っていた。1558年から1603年まで在位したエリザベス1世の辣腕ぶりは有名である。

現在の英国の王室と議会の関係が、日本の天皇制のような2権分立であるのかどうかは議論のあるところかもしれない。「君臨すれども統治せず」は、国王と議会の関係を示す言葉だが、「統治せず」は、日本の象徴天皇制が持つ意味合いとは少々ニュアンスが違う。

ただし、各国のシステムの中では、2権分立(天皇制)にかなり近いものであると考える。