「和博のため」

だが、そんな遠藤氏も、留学当初は世界最高レベルの研究にまったくついていけなかった。そのプレッシャーから突発性難聴になってしまい、泣きはらす夜が続いたというのだ。いまの溌剌とした遠藤氏の姿からは想像もつかない。

心が折れかけた遠藤氏を奮い立たせたのは、このときもまた吉川さんだった。

吉川さんのブログを開くと、「未来のイメージ」というタイトルで新しい記事が掲載され、足の切断を決意したことが綴られていた。

「切断せざるをえない切断ではなく、切断しない道もあるけど切断です。もやもやと煮え切らないものが無いわけじゃない。でも、今俺は、義足を履いた未来をイメージできる。なら、きっとできるさ!」

遠藤氏は、それまで以上に研究に没頭するようになった。

それは「和博のため」だった。

 学生時代の遠藤氏 写真提供/遠藤謙

インドでは350万人が義足を使用

ある日、遠藤氏はMITの友人からインドの義足事情を聞いた。

インドは、義足使用者が350万人、義足を求める潜在人口は1000万人とも言われ、もっとも義足が必要とされる国のひとつである。感染症や事故で足をなくす人が後を絶たないインドでは、義足の価格は30ドル程度とのことだった。さっそくインドの義足を取り寄せたが、その30ドルの大腿義足はせっかく膝関節の部品がついているのに、とても壊れやすく危険なものだった。

自分が研究しているロボット義足とのギャップにショックを受けた遠藤氏は「インドに行かなくてはならない」と決意する。時を経て、プラスチック樹脂製の膝関節を完成させた。地面に足をついた瞬間に膝折れせず、あぐらをかくことが多いインドの生活スタイルに合わせて膝が120度まで曲がるものだった。遠藤氏はその膝関節を大量に携え、インドに向かった。

首都ニューデリーの南西260キロにある古都・ジャイプル。人口300万人の大都市に、世界最大の義足提供NGO「ジャイプル・フット」があった。毎日百足以上の義足を作り無償で提供している、いわば世界最大の義足製作センターだ。インド中から足のない人が集まってくる喧噪の中、遠藤氏が診療所に膝関節を持ち込むと、ジャイプル・フットのスタッフがいっせいに表情を輝かせた。

人間の歩行に限りなく近い義足へ

遠藤氏はその日、10歳の少女のために義足を作ることになった。左足の膝から上を失ったアンジェリーだ。4歳時にトラック事故で重傷を負って以来、ずっと松葉杖で暮らしている。右足だけでぴょんぴょんと跳ぶように歩く彼女は、義足ができたら大好きなバレーボールをやりたいと微笑んだ。

設備も整わず器械も揃わないジャイプル・フットの診療所で、遠藤氏は現地の義肢装具士たちの協力を得て、アンジェリーの義足をわずか4時間で完成させた。早くて安いのは、まさにジャイプル・スタイルだ。

「これがあなたの義足だよ」

そう言ってできたての義足を手渡すと、アンジェリーは「ありがとう」を笑顔で表現してくれた。このときの表情がいまも忘れられないと遠藤氏は言う。

「ちゃんと歩けるのかな」

義足をはじめて使うときは、その感覚に慣れるために、まずは手すりにつかまって歩いてみるものだが、彼女は早く歩きたい気持ちが先行するのか、なんの支えもなしにひとりで歩き始めた。少しぎこちなくても、両足で歩くアンジェリーの左足は、たしかに「自分の足」だった。

アンジェリーとジャイプル・フットの義肢装具士 写真提供/遠藤謙

遠藤氏はその後も、ジャイプル・フットのために膝関節の改良を重ねている。最新バージョンの股関節は、足が地面についている瞬間は曲がらず、足が地面から離れる瞬間に曲がるように調整されている。

人間の歩行に限りなく近いロボット義足。多くの人が使いやすい安価でシンプルな膝関節を使った義足。MIT時代の遠藤氏は、大きな二つの成果を達成した。バスケ部の後輩の義足を作りたいという思いが、遠藤氏をインドまで連れていった。


構成:園田菜々

次回は5月26日公開予定です

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