実は世界中で行われていた「強制不妊」〜弱者に優しい福祉国家でも…

不妊が忌避される時代をどう考えるか
美馬 達哉 プロフィール

不妊が忌避される時代

だが、社会学者の習性かもしれないが、私は、2010年代の日本で強制不妊を悪と見なす風潮が高まったところに若干の気持ち悪さを感じている。

もちろん、優生学による強制不妊に対して弁護すべき点は皆無だ。

 

だが、強制不妊がネガティブに見られる時代とは、(不妊を含めて)子どもを産まないことがネガティブに見られる時代と一致するように思えるのだ。

子どものない夫婦が白眼視された戦時中、優生学的な強制不妊や中絶は(戦後に比べて)あまり行われていなかったことはすでに指摘した。

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2010年代の日本では、国民全体での「産めよ、殖やせよ」は否定されているが、個々人のレベルで、不妊はカップルや個人の努力で克服すべき病気としてネガティブにとらえられている。

じっさい、不妊症の治療として体外受精で生まれた子どもは18人に1人となり、(主に女性が)妊娠に向けて体調管理に気をつける「妊活」という言葉も市民権を得ている。

生殖技術=生殖補助医療の存在によって自分と遺伝的につながった子どもを持ちたいという欲望が増強され、妊活や不妊治療への努力が奨励される時代だからこそ、不妊を強制された被害者に共感が集まっているのではないだろうか。

さらに、障害者に対する強制不妊が否定されると同時に、出生前診断が一般的になり、体外受精では障害児が生まれないように細心の注意が払われている時代が現代であることを思うと、なんとも複雑な気分になってしまうのだ。