実は世界中で行われていた「強制不妊」〜弱者に優しい福祉国家でも…

不妊が忌避される時代をどう考えるか
美馬 達哉 プロフィール

スウェーデンでのスキャンダル

強制不妊の被害者への補償の問題が国際的に大きく取り上げられたのは1997年、福祉先進国として知られるスウェーデンで、1935〜1975年に行われていた強制不妊(およそ6万人)を告発する記事が新聞報道されたことをきっかけとしている。

このとき、とくに問題となったのは、強制不妊の「強制」の中身だ。

つまり、法律として強制になっているかどうかではなく、本人の同意がある場合でも実質的に強制だったかどうかが問われたのだ。

具体的にいえば、次のような脅しが政府職員から障害者に対して行われていたという。

貧困者やマイノリティに対して、不妊手術に同意する申請書を書かないなら、手当や住居を取り上げる、と脅す。

シングルマザー女性に対して、申請書を書かなければ親権を取り上げて子どもと引き離す、と脅す。

中絶希望する女性に対して、申請書を書かなければ中絶を許さない、と脅す。

障害者や子どもという弱者に「優しい」はずの福祉国家が、「親となる資格がない」と判断された人びとに対して、事実上の不妊を強制していたことがスキャンダルとなったのだ。

強制不妊に対するスウェーデンの国としての対応は素早く、1999年には補償と謝罪を行っている。

 

リプロダクティブ・ヘルス/ライツ

日本での「優生保護法」改正には外圧の影響が大きかった。

1994年にカイロで行われた国際人口・開発会議で、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(すべてのカップルと個人が性と生殖に関して自ら決定する権利を持つという考え方)が打ち出された頃から、「優生保護法」の時代錯誤に対する批判は国際的に高まったからだ。

その結果、1996年には「不良な子孫の出生防止」という優生学的な条項を削除した「母性保護法」に改訂された。

だが、その際には「当時は合法的な措置だった」との理由から強制不妊の被害者への補償や謝罪は議論されず、その後、補償や法的救済を求める国連人権委員会からの勧告(1998年)があっても日本政府は動かなかった。

事態が動いたのは2018年、宮城県の60代女性が国家賠償訴訟を起こしてからだ。

さまざまな問題を積み残してはいるが、それなりのスピード感で2019年には「救済法」が成立したのが現状である。

「強制不妊16000件」という数字の記録ではなく、一人の人間が苦しみの経験を語る生々しい記憶こそが、人びとの共感を呼び、社会を動かしたのだ。