実は世界中で行われていた「強制不妊」〜弱者に優しい福祉国家でも…

不妊が忌避される時代をどう考えるか
美馬 達哉 プロフィール

世界の強制不妊

日本の優生政策の直接のモデルはナチスドイツの「遺伝病子孫予防法(1933年)」だったとされる。

ただし、こうした立法は第二次世界大戦での枢軸側のファシズム国家だけに特有なものではなかった。

同じ20世紀前半に、障害者に対する強制不妊の法律は、米国、カナダ、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドなどで成立していた。

 

優生学的な立法の最初は米国インディアナ州の「不妊法(1907年)」であり、1920年代には米国の多くの州で障害者に対する強制不妊が立法化されていた。

そして、強制不妊にもっとも野心的だったのは、最初の不妊法を1909年に制定したカリフォルニア州で、ナチスドイツの「遺伝病子孫予防法」のモデルともなった。

米国の最高裁判所が、1927年に州法に基づいた強制不妊を合憲とみとめた有名な判決(バック対ベル判決)では、次のように述べられている(S・トロンブレイ、藤田真利子訳『優生思想の歴史』明石書店、139頁)。

欠陥を持った子孫が罪を犯しそれを処刑したり、自らの痴愚のために餓死するのを手をこまねいて待つよりも、明らかに不適な人間が同類を増やすのを社会は防ぐことができる。強制ワクチン接種と同じ原則が、卵管切除の場合にもあてはまる。
〔PHOTO〕iStock

いま読み直すとひどく差別的で驚くが、当時はこれが社会改良のための進歩的で人間的な手法(しかも低コスト)だったのだ。

しかも、こうした優生学はイデオロギーとはあまり関係なく、第二次世界大戦で連合国の中心となった米国と枢軸国の中心となったドイツの両方が推し進めている。

優生学は(当時の)「科学」に基づいた政策として、どちらかというとリベラルないし左翼側に支持されていた。

とくに注目すべきは社会民主主義だった北欧諸国(ノルウェー、スウェーデン、フィンランド)でも、先進的な福祉政策とセットで1970年代まで障害者に対する強制不妊が積極的に行われていたことだ。

ちなみに、ナチスドイツは敗戦までに40万件以上の強制不妊を行っていたとされ、戦後の旧西ドイツ政府は被害者に補償を行っている(1980年に一時金、1987年からは年金)。