平成経済を総括すると、なんとも残念な結論が出てしまった

結局デフレは克服できなかったから…

原因は分かっていたはずなのに…

平成最後の連載原稿だ。今回は、筆者自身の個人史を織り込みながら、平成時代の日本経済を振り返ってみたい思う。

本コラムで何度も指摘しているように、景気については、国内のマクロ経済政策(金融政策と財政政策)と外的要因(リーマンショックなど)で説明することができる。

なんといっても、平成の経済を特徴付けているのは「デフレ」である。デフレは、GDPデフレータなど一般物価の低下が継続する状態と定義されるが、まさに、日本は平成にデフレに陥った。GDPデフレータを見れば、90年以降日本の伸びが鈍化し、95年以降マイナスになっているのがわかる。世界中でこんなことが起きているのは日本だけだった。

一般物価が上がらないとどうなるか。真っ先に影響がでるのが名目GDPだ。

名目GDPは、簡単に言えば、すべての人の名目所得の合算である。これが下がってしまえば、成長が実感できないのはやむを得ないだろう。

日本経済に異変が起こっていることに筆者が気づいたのは、1990年代半ば過ぎだった。当時筆者は大蔵省の官僚として、「財投改革」に取り組んでいた。その頃、日本経済の異変に気付いたのだが、原因まではわからなかった。

 

その後、4年間を費やした「財投改革」がひと段落したということで、そのご褒美として、1998年7月から米国プリンストン大に客員研究員として留学した。ニューヨークかプリンストンのどちらか希望する方を、と言われて、何気なく田舎のほうがいいかなと思い、プリンストンを選んだのだ。

日本の消費税が3%から5%に上がったのは、留学にいく一年前の1997年4月のこと。その後、みるみるうちに日本経済が芳しくなくなった。大蔵省もその原因がわからず、当時、筆者を含めた若手が何名か選ばれて「景気が悪くなった原因を調べてほしい」と大蔵省幹部からの要請があった。

ここから、奇妙なことになった。調べたところ、どう考えても1997年4月からの消費増税が日本経済に悪影響を及ぼしていることは明白だった。ところがわれわれを招集した幹部は、「消費増税以外の原因を何か探せ」と言ったのだ。

そこで唐突に出てきたのが、1997年7月からタイを震源地として各国に広がった「アジア通貨危機」のせいにできないかという「悪知恵」だった。大蔵省としては、悲願として導入した消費増税が原因で景気が悪くなった……とは口が裂けても言えないので、アジア危機が原因だということに強引に結論付けたのだ。