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「平成らしさ」とは何だったのか? ある風景が覆い隠す「難題」

「令和」に待ち受けているもの

この時代を象徴する風景とは?

「平成」の時代に起こり違和感を覚えたことのひとつに、「昭和」を「レトロ」として懐かしむという現象があった。「昭和」にあったと思しき暮らしや風景をノスタルジーの視線でとらえ、記号化して愛でるありかたである。

新元号「令和」になることが4月1日に発表され、5月1日から施行される。

それでは30年間続いた「平成」が、「令和」の時代のうちに、「平成レトロ」や「平成モダン」で語られたり、懐かしがられたりすることがあるだろうか。もしこういう記号化がされたとき、イメージされるのはどのような風景だろうか。

「平成」が終わろうとしているいま、この時代を象徴すると筆者が考える風景、情景を思い巡らせてみたい。

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実態が乏しかった「昭和レトロ」

まず「昭和レトロ」とは、どんな風景だったのか? 

「昭和」という時代は、西暦1926年12月から1989年1月まで、60年以上も続いた。この60数年間は「明治」に始まった「一世一元」という規範にもとづくもので、昭和天皇の在位期間と重なる。

1945年の敗戦後、元号制度はGHQによって見直されかけたものの、なんとか生き延びた。しかし「一世一元」を取り決めたこの制度には法的根拠がなかった。

元号が、「皇位の継承があった場合に限り改める」ことに法制上決まったのは、1979年(昭和54年)に元号法が成立したことによる。個人的には、戦後に改元があってもよかったと考えるが、「昭和」はともかく続いたのである。

 

「昭和レトロ」とは、いうまでもなく、長い時代の“ある一端”を切り取って懐かしむものにすぎない。そしてこの時代を象徴する“ある時期”として切り取られたのは、昭和30年代前半、1960年前後だった。

つまり高度成長の坂道を登りつつあった(と事後になって顧みられた)時代であり、当時の庶民がどんな街並みに暮らし、どんな社会生活、家庭生活を送っていたかを断片的に仮構したものである。

この時期に白羽の矢が立ったのは、ほどよい時間的距離であり、やがて繁栄に至るとみなされた時代背景にあった。その断片的風景を描いたのが、映画「ALWAYS 三丁目の夕日」だった。

西岸良平の漫画を原作に、山崎貴監督、吉岡秀隆主演で2005年に公開され、多くの映画賞を樹書した。

この映画の舞台設定は、昭和33年、1958年の東京の下町、東京タワーの麓に位置する港区愛宕あたりだとみられる。東京には都電が走り、蒸気機関車もまだ健在で、都心にも木造家屋が多かった。

こうした舞台背景のなか、けなげにがんばる庶民を、安倍首相は、小泉内閣の官房長官だったとき、『美しい国へ』(2006年)で賞賛した。