# 政治・社会

「自分を役立てたい・・・」雅子さんが選んだ皇室の道

2人の結婚に秘められた歴史のドラマ
石井 勤

それから約30年。外交官への夢を捨て、「自分を役立てたい」と考えて結婚を決めた雅子さんにとって、苦節の日々になった。背景に、新しい皇太子妃を迎えるにあたっての宮内庁と皇室の側の態勢の問題がある。なによりも、準備ができていなかった。
 
ひたすら結論を急いだプロセスによって、積み残しとなったものがあった。宮内庁がそれに気づき、結婚当初に補う努力をしていれば、2人の結婚生活は違う展開になったはずだ。

 

2人を苦しめた周囲の視線

その影響はまず、価値観の食い違いとして表面化する。妊娠出産への周囲の期待と「配慮」は、皇太子夫妻にとってプライバシーの核心に土足で踏みこまれることを意味した。

長女の誕生後さらに強まった「皇統の危機」論は雅子さんを精神的に追い詰め、ストレスが十数年におよぶ適応障害での長期療養の一因となった。週刊誌などの激しいバッシングも2人を苦しめた。
 
結婚当初の雅子さんは、学歴社会の超エリート、男女共同参画時代の先頭を走るキャリアウーマンとして注目を浴びた。バブル崩壊によって日本経済が急減速するなかで、世のなかは雅子さんの「シンデレラストーリー」に明るい時代の再来を夢見た。だが、皇太子妃となった雅子さんがさらに輝きを増すことはなかった。
 
自立した人格として生きることを目指す1人の女性が、悩みながら皇太子妃となる決心をする。そこまでは、これまでもさまざまな形で語られてきた。だが、起点となったある事実とその影響から語り始めない限り、本当の物語は見えてこない。
 
欠落していた最後のピースを正しい位置に収めて初めて、多くの疑問が氷解する。「そうだったのか!」と腑に落ちる。そこに、あるがままの物語だけがもつダイナミズムがある。
 
発端が報道自粛であるとして、なぜそれが「難題」に転じるのか。そこは偶然に偶然が重なって起きたとしか言いようがない。個々の場面に登場する人物がだれ1人として、その後に起きる事態を想定していなかったことははっきりしている。

婚約内定日に語られた言葉

では、偶然の重なりが人知を超えた事態をもたらしたと考え、しかたがなかったとすればいいのか? 表面的にはそう見えても、じつは違う。

新しい時代の天皇皇后となる2人がたどった道を発端からたどりなおすと、どこに問題があったか、どんな影響が出たのかが明らかになる。それを歴史の教訓として記録すべきではないか。そんな思いが本書を世に出すきっかけとなった。

皇居(photo by gettyimages)

たとえば、婚約が内定した日の記者会見。そこで雅子さんは5年ぶりに再会した際の皇太子の印象を語っている。

「5年ぶりに去年の夏お目にかかったときには、やはり楽しくお話をすることができました。が、その時点では、その、殿下のお気持ちというものを伺っておりましたので、内心、あの、正直なところ、複雑な心境でもございました」

心が弾んでいない。率直な言いかたで、結婚を前提とした交際再開の申し入れに戸惑ったことを打ち明けている。
 
そして、外務省を去る決心をするにあたっての心境。

「昨年の秋、私は本当にいろいろと考えた結果、今、その、私の果たすべき役割というのは、殿下からのお申し出をお受けして、この皇室という新しい道で自分を役立てることなのではないかと、そのように考えましたので、で決心したわけですから、今は悔いというようなものはございません」