世界37ヵ国をまわる

仕事が少しずつ舞い込んできたタイミングで海外へ行くとなれば、また状況がリセットされてしまう。事務所を切り盛りする、いわば番頭のような立場である北村からすれば、とんでもない話だ。当然のように反対されると思っていた私の耳に、しかし北村は意外な答えを返してきた。

ええんちゃいます?

関西人の彼は、拍子抜けするほどあっさりと海外行きを承諾してくれた。こうして私は北村の許可を得て、1年間で37ヵ国を回る旅に出ることになった。

ロンドンでは多くのパラリンピック関係者に会い、ロンドン大会を成功に導いた責任者の話を聞いたり、陸上競技の金メダリストにお目にかかったりする機会を得た。LGBTの祭典「プライド・イン・ロンドン2017」に参加したのも楽しい思い出だ。

ポーランドでは、アウシュヴィッツを訪ねた。古都クラクフから電車で2時間弱。ドイツが建設したアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所があったところだ。第二次世界大戦中、ナチスドイツによる大量虐殺で数百万人のユダヤ人が犠牲になったが、障害者や同性愛者も同じ目に遭っていたことを知った。

パレスチナ・ガザ地区の難民キャンプも訪ねた。下水の臭いが漂う街。良質な漁港でありながら仕事を奪われている漁師たち。1日に3、4時間しか電気が使えない生活。そして、いつ再開されるかわからない空爆の恐怖。難民キャンプの住人たちの、そんな話に耳を傾けた。

もちろん、息抜きの時間も十分にあった。

ニューヨークではNFL(アメリカンフットボールの最高峰リーグ)の試合を初観戦、キューバでは首都ハバナの原色の街並みを楽しんだ。エジプトではピラミッドやスフィンクスにカメラを向け、インドでは一年に一度開かれる極彩色に満ちた祭りに参加した。

「最も住みやすい街」に魅せられたが…

そして、2018年、私はメルボルンにいた。それまで7年連続で「世界で最も住みやすい都市ランキング」1位に輝いていたオーストラリア第2の都市。何がそんなに住みやすいのか実際に暮らしてみればわかるだろうと、6週間滞在してみることにしたのだ。

「ここに移住したら、どんなに快適な生活が送れるだろう」

メルボルンでの生活が始まると、そんな思いが芽生えてきた。

とにかく景観が美しい。美術館やスポーツ施設なども充実している。人種差別も感じることがなければ、バリアフリーも進んでいる。アジア人が多いせいかレストランの味付けも私の口に合う。四季もあり、日本からの直行便もあり、時差もほとんどない。文句のつけどころを見つけるのは、とても難しいことだった。

メルボルンにて

だが、滞在も2週間が過ぎ、3週間目に差しかかった頃から、今度はまた別の思いが私の中で湧き上がってきた。

「このまま異国の地で何不自由ない生活を送る人生は、私にとって本当に満足のいくものになるだろうか?」

手と足がない人生は、多くの課題と向き合いつづける人生だった。40年以上、ずっとハードモードの設定で生きてきた。いや、スーパーハードモードと言っていいのかもしれない。これからはイージーモードでのんびりと――そんな選択肢を現実のものとしてイメージしたとき、私の頭に浮かんだのは「退屈」という言葉だった。自分でもびっくりした。

そして。

これからあと半分以上も残っているだろう人生を、どこか物足りなさを感じながら生きていくのか、逆風吹き荒れる日本で再チャレンジするのか。そう考えた私は、迷わず後者を選んだ。

日本に帰ってきた。

つくづく面倒臭い性分だと思う。

ただ、私が日本に帰ってきた理由はそれだけではなかった。

この旅路の間に、ある「オファー」があったのだ。
 

構成/園田菜々

次回は5月12日公開予定です

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