81歳認知症父の騒動で実感した「高齢者の運転を止める」難しい実情

池袋の悲しみを繰り返してはならない
田中 亜紀子 プロフィール

法に定められた「運転免許取り消し」方法

果たして、認知症患者の運転を本人の意思に反してもとめるすべはないのか? 

実はあった。最初に診断した医師や私の周囲の介護関係者の方々はご存知なかったのだが、法律に定められた「表技」を、ここで簡単に紹介しよう。

それは道路交通法第百三条(免許の取り消し・停止等)に記されている。認知症だけでなく他の精神疾患、アルコール・麻薬の中毒者など様々な「運転に適さない病気や症状」の人にも適用される。

もし認知症と診断された場合、公安委員会のフォーマットの申請書に医師が診断を記入し提出する。用紙は家族が運転免許センターにとりにいっても、医師が専用のものをダウンロードしてもいい。ポイントは認知機能の衰えや認知症の疑いでなく、「認知症」ときちんと診断されていることだ。ほかの精神疾患などもしかり。

その申請が公安委員会審議され、法令に即した状況と判断されれば、通常1ヵ月以後に行政処分の免許取り消しに向けた「聴聞会」の通知が本人に来る。本人はかなり驚くだろうが、聴聞会への出席を拒否すると自動的に取り消し。出席しても新しい証拠、つまり「認知症ではない」という新しい診断書などを聴示できなければ、免許は取り消しになる可能性が高い。

あまり知られていない理由は、本人の意思以外のところで動くために、人権の観点や、ほかの精神疾患も関るゆえにナーバスな扱いになるからだろう。また、本人の意思とは関係なく物事が進むことと、申し立てた家族や医師の名前もわかるので、トラブルにつながりやすいことも一因かもしれない。

大切なことは、認知症と判明したら、「公安委員会は、政令で定める基準に従い、その者の免許を取り消し、又は6ヵ月を超えない範囲内で期間を定めて免許の効力を停止することができる」と法で決まっていること。そして認知症を診断した医師が患者に免許があると知った時は、「診察結果を公安委員会に届けることができる」ともあることだ。(道交法 百一条の六(医師の届出))。

私はその法令を知った時、小躍りしたが、家族からは再び「お父さんの意思を無視して、そんな無理なことをするのは絶対反対」という意見だった。確かに、その意見もわかる。

そうする中、父はスーパーの駐車場で、とまっていた人の車をこする事故を起こした。しかし怪我人も出ず、ただこすっただけの事故では認知機能検査はされなかった。事故のあとも運転を続ける父に、ようやくほかの家族も参戦してくれたが、私は強制的措置に入るしかないと覚悟を決めた。そんな折、思わぬ形で決着はついたのだ。

父が認知症の中でもピック病ではないかと疑いが出て、新たに見てもらうことになった認知症専門医が「こすったら、やめどきですよ」とさらっと言った。その言葉に、抵抗にも疲れていたのか、父は「やめます」とさらっと宣言したのである。そして1年の長い戦いを経て、2017年末にようやく車を処分することができた。

運転をやめてもらうための方法は

この経験から考えたことは多い。

まず高齢者の免許更新までの期間が3年というのは長すぎると思う。うちの父が認知症と診断されても運転をやめずに困っていた時、更新まで2年あるとわかり、絶望的な気持ちになった。認知症は時に恐ろしい勢いで進む。たとえば75歳以上は1年ごとに更新し、毎年認知機能の検査をしてはどうだろう。そして事故をおこした時に認知機能検査があるが、父の時のように軽度の事故だとしても、適用して徹底してはどうか。この段階で手を打てば、大きな悲劇がおこる前に防止できる可能性が高くなるはずだ。

次に、前述した道路交通法103条による、行政処分による免許取り消しの存在と至る方法を、広く周知させてほしい、最初に診断を受けた医師も、上司の医師もその方法は知らなかったが、それを知っている医師が増えれば、私のように無駄に困る人が減り、事故も未然に防げるケースがあるだろう。ちなみに私はもちろん、友人知人ケアマネやお役所関連の方々、私の近くにいた人に、当時この方法を知る人はいなかった。

もちろん、家庭内でも意識を徹底することは何より大切だ。私自身が孤立した経験からも、認知症はもちろん、家族や親せきに運転に少しでも問題がありそうな人がいるなら、やめる進言をする勇気をもって欲しい。そしてそういう認識のある本人も、早めにやめる決断をしてほしい。「まだ大丈夫」と思っていても、事故は一瞬で人の命を奪い、何をしても戻らないのだ。

会見で語られた言葉にある通り、「運転をやめる選択肢」が必要なのは、高齢者に限った話ではない。あおり運転のようにカッとなってしまうような運転に適さない人、そして精神的、肉体的に病を抱え運転に不安を感じる人は、やめることを真剣に考える必要がある。

自動車の免許とは、高齢者の認知機能の検査以外も、テクニック、身体的、性格的な検査などさまざまチェックが必要な高等技術なのではないだろうか。今後はある年齢や状態になったら誰もが自然に運転を卒業する。そんなシステム作りを望みたい。それがこの悲劇を繰り返さないための大切な道だろう。

「自分はまだ大丈夫」「親はまだ大丈夫」と思った時に、ふとたちどまって想像力をはたらかせてほしい。もしも事故をおこし、他人をまきこんだら、いったいどうなるのか? 父の運転をやめさせる途上、および腰の家族や医師に何度も思った。「もし事故が起こったら、どうなるかわかってるの?」と。

池袋の事故のご遺族が最愛の妻と娘の画像を公開された意味。実際このような悲しいことが起こりうるのだという心からのメッセージを、決して忘れてはならない。