耳の中のカタツムリは自然が生んだ「フーリエ変換装置」だ!

さまざまな音を聞き分ける巧妙なしくみ
三谷 政昭 プロフィール

すべての音には“混ぜ物”が……

しかし、私たちの耳に届くのは、純粋にひとつの音波ではない。私たちのまわりでは、同時に無数の音が鳴っているからだ。無数の音波を合成したものが耳に届いている。したがって、私たちの耳に届く音の波形は先ほどの図3のような綺麗な形にはならず、不規則になる。

そもそも、図3のような単純な音は存在しないといってもいい。たったひとつの周波数しかもたない音(純音)を発生させるのは至難のわざだ。ほとんどすべての音は、異なる周波数をもつ複数の振動がまざってできているのだ。

では、そのような音を聞き分けるには、どのような能力が必要なのだろうか?

私たちの聴覚は、音に複数の振動がまざっていることをむしろ利用している。つまり、周波数のまざり具合を分析し、音の特徴をつかむことができる。たとえば、ギターとピアノの音色のちがいを聞き分けられるのは、この2種類の楽器の音にふくまれる周波数成分が異なるからだ。

私たちは生まれてからさまざまな音を聞く。そして、音の発生源とその音の周波数成分の特徴との対応を学習していく。その学習がうまくいけば、音を聞いただけでその発生源の情報を得られるようになるというわけだ。

音を聞き分ける巧妙なしくみ

ただし、周波数成分のまざり具合を意識的に分析できる人はいないだろう。学習によって無意識的にできるようになるわけだが、この能力をささえるしくみが耳の中にそなわっている。

耳の構造を見てみよう(図4)。空気の振動は耳介を通して外耳道に伝わる。その振動は鼓膜(薄い太鼓の膜のようなもの)を振るわせ、さらにその奥にある複数の小さな骨(耳小骨)で増幅される。そして、巻貝状の形をした蝸牛管(「かぎゅうかん」と読む。「蝸牛」はカタツムリのこと。高校の生物では「うずまき管」とも)の中を満たすリンパ液へと振動が伝わる。固体の振動から液体の振動へと変換されるのだ。

【イラスト】耳の解剖図
  図4 耳の構造

蝸牛管内のリンパ液が振動すると、管内を仕切る基底膜に振動が伝わる。基底膜上には、神経につながっている有毛細胞が多数規則正しくならんでいる。基底膜が振動すると有毛細胞が動き、その動きが電気信号に変換され神経を伝わる。こうして聴覚を生じる。

すでに耳の構造の複雑さをおわかりいただけたと思うが、面白いのはここからだ。

耳に届いた空気の振動が、いろいろなプロセスを経て基底膜を振動させるわけだが、基底膜全体が一様に振動するわけではない。もとの振動の周波数によって基底膜の振動の場所が異なる。もっと言うと、周波数が大きいほど蝸牛管の入口付近の基底膜が大きく振動し、周波数が小さくなるほど蝸牛管の先端側の基底膜が大きく振動するようになっている(図5)。

したがって、ひとつの音にふくまれる周波数成分によって基底膜の振動には違いが生まれ、結果的に神経を伝わる電気信号にもちがいが生じるわけだ。

【図】基底膜の振動特性
  図5 基底膜の振動特性

このしくみが、私たちに周波数成分の聞き分けを可能にしている。耳の中のカタツムリに感謝!

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