かつて映画は無音・無声だったらしい。それはそれで味わい深いメディアだったのかもしれないが、現代では流行らないだろう。現代の映画は音に多くの情報を託し、観客にメッセージを伝えている。
俳優のセリフ(「アベンジャーズ……アッセンブル!」)、状況を説明する効果音(たとえば、何者かが近づいてくる足音)、場面を盛り上げるBGM(たとえば、『ロッキー』のファンファーレ)、などなど。映画のよしあしは音の使い方で決まってしまうこともあるくらいだ。
それにしても、そんなにたくさんの音が同時に聞こえてきても困らないというのは、ちょっと不思議な気がする。聖徳太子でもあるまいし……。同時に耳に届く音を聞き分けて、それぞれの情報を処理できる私たちの聴覚は、なんて優秀なんだろう。
その能力のひみつは「フーリエ変換」にあるらしい。私たちはみな、「フーリエ変換装置」をもっているという。
このたび『今日から使えるフーリエ変換 普及版』を上梓した三谷政昭氏に、私たちがもつフーリエ変換装置について解説していただいた。
みなさんは、“音のない世界”を果たして想像できるだろうか? たぶん、むずかしいと思う。現実には寝ても覚めても、いろいろな音が聞こえてくる。
音とは、空気の振動を聴覚でとらえたものだ。なんらかの理由で空気に振動が生じると、その振動は四方八方に伝わる(空気がある限り)。空気の振動が私たちの耳に届くと、私たちは「音」として認識する。
雑踏、風や雷、虫の羽音、ヒトを含む動物の声など、音の発生源はさまざまだ。音を聞くだけでその発生源を把握できたら、生きていくうえで役に立つ(この先に猛獣がいるぞ、向こうから誰かが近づいてくる、雷が鳴っているから外に出ないほうがよさそうだ)。役に立つからこそ、空気の振動に基づき、離れた場所で起きている出来事の情報をキャッチするしくみとしての聴覚が進化したのかもしれない。
そこで、私たちの耳にそなわった巧妙なしくみを紹介したいのだが、その前に波についての理解を深めておこう。