# ALS # 尊厳死 # 自己決定

みんなで決める終末期?

患者と医師と人工呼吸器と
川口 有美子 プロフィール

真に受けず、急かしもせず

医者は患者が治療を選ぶようにしたらいい、自己決定させたいということなのだが、そうは言っても患者を見て、説明の仕方を変えている人もいるようだ。

裕福で家族仲が良い、適度に若い、性格が明るく前向き、家族が介護したいと強く言っているような患者には、人工呼吸器や胃ろうを勧めやすい。一方、これらの条件から大きく外れている患者には、正直言って積極的な治療の説明は控えたいと言う。

でも、医者に励ましてもらえない患者は不安に包まれてしまう。それで治療を受けたくないと言ったとしても、死にたくはないので、頻繁に言っていることをコロコロ変えるようなことをする。

生命維持につながる治療を受けたくないということと、死にたくないということが、本人の頭の中では矛盾していない。だから、患者に死にたいと言われても、その言葉を真に受け取ってしまってはいけない。かといって、早く決めて、などと急かしてもいけない。良かれとばかりに、先回りして、必要だからと強く勧めてもいけない。これらは私自身への戒めでもある。

「ACP」導入で終末期はどうなる?

国は本人と家族と医療ケア関係者による円満な話し合いのために、2018年3月に、これまでの終末期医療のガイドラインにさらなる改定を加えた「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を用意した。

でも、そこに推奨されている「ACP(アドバンス・ケア・プランニング)」を実施すれば、うまくいくかといえばそうでもないようだ。ACPを手っ取り早く言えば、関係者でよく話し合いをして、本人の意思を尊重しつつ、終末期の治療(をしないこと)の合意形成する方法である。

治療拒否の意思を書面に残す事前指示書「AD(アドバンス・ディレクティブ)」はいわゆる「リビングウィル」の一種であるが、それよりは関係者との話し合いの過程を重視することになるから、良いのかもしれない。しかし、大勢で相談したら、本人の意思を尊重できるなどと言えるだろうか。むしろ多数決で決まってしまうのではないだろうか。声の大きい人の意見に、押し切られてしまうのではないか。慌ただしい医療現場で、多職種が一堂に集まって、ケースごとに繰り返し話し合うなんて、一体どうやるのだろう。実質的にはADを「取る」ための手続きになりかねない。

そして、ACPを用いることで、安楽死・尊厳死の法制化を待たずとも、透析、人工呼吸器、経管栄養などの長期生存につながる治療の中止が「治療の選択」として実施できてしまうことには注意喚起しなければならないだろう。たとえ、本人の意識が不鮮明でも「最良の方針」ということで、合議的に治療中止ができてしまう。

これでは、社会的・家庭的に弱い立場の人の命が守れないのではないか。コミュニケーション障害の重い人にとっては不利で危険でさえある。この他にもACPには問題があると言われている。

一体、どのようなことなのか――。