海外ひとり旅で、生きるのがラクになった

学生時代、私は「生きている実感」がなく、モンモンとしていました。20歳のとき、ありったけの勇気を振り絞って海外へひとり旅に出たのですが、そこで初めて、「自分の欠点は全部、長所なんだ!」と考えることができるようになりました。

旅に出るまでの私は、自分の外見にも内面にも不満タラタラで、人と自分を比べてばかりいました。でも、そんなコンプレックスの塊だったおかげで、「自分を変えたい!」と旅に出て、かけがえのない体験ができたし、長年、欠点だと思っていた方向オンチのおかげで、人に道を聞くキッカケができて、現地の人と笑顔を交わすことができるんだ! と。

その後も、旅に出れば出るほど、世界観が広がり、どれだけ生きるのがラクになったか分かりません。

私は、人生には「二つの目」、「虫の目」と「鳥の目」が必要だと思っています。私たちはふだん、目の前のことだけに必死になる「虫の目」で生きていますが、日常から離れて旅に出ると、視野がグッと広がり、この地球上にはいろんな人がいて、今自分が生きている世界だけがすべてではないんだなだぁという俯瞰の視点、「鳥の目」を持てるのが醍醐味ではないかと。

そして、人間の普遍的で根源的なテーマであるこの本を書かせてくれたのも、旅で出会った人たちの存在でした。この本にも登場する、世界中の人たちのおかげで、人類全体に共通する優しい気持ちに触れることができ、小学校時代に受けた暴力が原因で人間不信になってしまっていた私の中に、人を信頼する気持ちが生まれました。

今まで通ったどんな学校よりも“生きる術(すべ)”を学ばせてくれた旅は、“地球という最大の学校”だと思わずにはいられません。

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過去のひとつでも欠けていたら、「今」はない

自分の人生史を振り返ってみると、生きるのが苦しくてたまらない時期もありましたが、それでも、それらの何かひとつでも欠けていたら、今の自分にはたどり着かなかったんだなと、旅を通して思えるようになりました。

――何かひとつでも欠けていたら、「今」にはたどり着かなかった。

それは、人類の歴史も同じではないでしょうか。人類史を思えば、つい最近の19世紀でも、世界中のほとんどの庶民に参政権はなく、教育を受けられる子どもはごくわずかで、飢饉が起きると子どもは奉公に出されるような時代でした。そして、不衛生な環境下で感染症(ペスト、結核等)が蔓延する度になすすべもなく、多くの命が奪われてきたのです。

人類のこの100年の進歩はめざましく、猛スピードで進化し続けている、といっても過言ではありません。人間は、何かを手に入れると、それを手に入れる前のことを忘れてしまいますが、生まれながらの差別や格差が当たり前だった時代から、人類はようやく「人権」という概念を手に入れ、差別や格差のない世界を作ろうとしているところなのです。

そう考えると、自分たちのリーダーを自分たちで選ぶ参政権も、教育を受ける権利、保険や福祉も、今私たちが当たり前のように享受している権利はすべて、先人たちの努力の賜物なんだなぁとありがたい気持ちで胸がいっぱいになります。