なぜ…?93回も住まいを変えた葛飾北斎「その意外な理由」

巨匠の知られざる悩み

ふたりの娘と汚部屋と

日本人は生涯において平均して約3回は引っ越しをすると言われている。

時間や労力、金銭面で負担がかかる作業だ。主に就職や結婚など、人生の大きな節目で住処を変えるのがもっぱらだろう。

しかし、その回数をはるかに上回る「引っ越し魔」が、日本の偉人にいたことをご存じだろうか。

その名も葛飾北斎。『富嶽三十六景』で知られる、江戸時代後期に活躍した浮世絵師だ。なんと90年の人生のうち、93回も引っ越しをしているのだ。

一日に3回も引っ越した記録もあるくらいで、当時の人名録で彼は「住所不定」とされている。

では、葛飾北斎はなぜそんなに転居を繰り返したのか。諸説あるが、一番有力なのは彼が「掃除ぎらい」だったという説。

 

北斎には、絵師である娘のお栄がいた。二人は絵に集中するあまり家事はせず、食器さえも持っていなかったという。惣菜や饅頭を買い込んでは、包み紙やらゴミやらは傍に捨て置く始末。当然、部屋は散らかる一方で「臭いし、狭いし、絵も描けない!」と我慢できなくなると新居を探し始めたというのだ。

北斎の三女、葛飾応為が描いた「吉原格子先之図」(Wikipedia パブリックドメイン)

目的が「掃除をせずに綺麗な部屋に移りたい」というものだったので、遠い場所には引っ越さない。そのほとんどが、生誕地の葛飾郡(現在の東京都葛飾区・墨田区・江東区・江戸川区周辺)で、離れることはなかった。

 

30回以上の改名を経て行きついたペンネームである葛飾北斎の名のとおり、いかに自分の生まれ里である葛飾への愛着が強かったかがわかる。

93回目の引っ越し先は、かつて自分が住んだことのある家。意図的なのか偶然なのかは知る由もないが、北斎が出て行ったあと誰も住んでいなかったという。もちろん中は散らかしっぱなし。それを見て彼は観念したのかもしれない。

なぜ、頑なに片付けなかったのか。現存する北斎の作品は3万点を超える。これは、70年間休まずに一日1枚描いたとしても間に合わない量だ。

それ以上のペースで作っていたとなれば、掃除する時間が惜しいのも理解できなくはない。(水)

『週刊現代』2019年5月11・18日号より